■宮本泰弘さん(32)唐津市 

 バルーンのパイロットを目指す聴覚障害者がいる。唐津市の会社員、宮本泰弘さん(32)。5歳のころに見た大空に浮かぶバルーンに憧れ、念願のクラブ入りを2年前に果たした。パイロット資格を得るための試験が大きな関門で、1人で地上と無線で交信しなければならない単独飛行が難しい。音声情報をどうやってやりとりするか、競技関係者らとともに前例のない挑戦を続けている。

 ■「筋がいい」

 宮本さんはビーバーバルーンクラブ(佐賀市)の訓練生。会社の休日を利用し、嘉瀬川河川敷に足を運ぶ。バスケットの組み立て方など基本から学び、鶴崎伸一会長と一緒に乗り込み、水平を保って飛行するためのバーナー調節訓練も繰り返してきた。累計の飛行時間は約2時間になる。

 「筋がいい」と評される宮本さんだが、電車の通過音が線路の高架下でなければ聞き取れないくらい、聞こえづらさがある。バルーンでは、バーナーに点火した瞬間の「ボッ」という音がようやく聞き取れる。

 宮本さんがバルーンと出会ったのは、佐賀県立ろう学校幼稚部に通っていた1989年。この年の秋、佐賀で初めて熱気球世界選手権が開かれた。会場の嘉瀬川河川敷にほど近い佐賀市鍋島町の学校の空には、色とりどりのバルーンが浮かび、思わず目を奪われた。

 海外からの選手が学校を訪れ、係留飛行の体験をさせてくれた。初飛行の瞬間は鮮明に覚えている。「ふわーって感じがした。パイロットは背が高くて、操縦する姿がかっこいいなと思った」。以来、父親に毎年、佐賀の大会に連れていってもらうようになった。

 高校生のころ、近隣のバルーンクラブに所属を申し込む手紙を送った。しかし返事が来ることはなく、宮本さんは肩を落とした。

 転機は2014年。佐賀市にできた県聴覚障害者サポートセンターの伊東康博センター長(70)が、佐賀バルーンフェスタ組織委員会に働き掛け、現在のクラブへの所属が決まった。

 バルーン競技は「チェイスカー」と呼ばれるバルーンを追跡する車とのやりとりが欠かせない。地上からは別のバルーンの動きなど空の状況を巡る音声情報などが逐一もたらされる。

 ■必須の単独飛行

 パイロットの資格取得試験は1人で飛ぶソロフライト(単独飛行)が必須だ。日本気球連盟事務局は「補聴器などを利用して適性基準がクリアできるのであればソロフライトも可能」としている。ただ、「空に浮かぶ周りの航空機や地上に対し、全てに共通した安全配慮を行えることが求められる」とも説明する。聴覚を含め「人間の五感が多岐にわたり必要になるのが熱気球の操縦」として、試験方法や適性基準を見直す姿勢までは示してない。

 資格試験で地上からの情報をどう得るか見通せないが、宮本さんはもちろん、クラブもサポートセンターも知恵を絞っている。

 「パイロットになれたら最初に父親を乗せたい。高所恐怖症かもしれないけれど」と宮本さんは笑う。資格取得には、障害がなくても3年ほどかかるが、「なるべく3年で取る。間に合わなくても諦めない」。夢を持ち続けて27年、バルーンのパイロット以外のものになりたいと思ったことは一度もない。

◇ひたむきに、前向きに生きている人たちがいます。そんな佐賀県内の人たちや県出身者にエールを送る企画です。(随時掲載)

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