<年老いた私がある日 今までの私と違っていたとしても どうかそのままの私のことを理解して欲しい><私が服の上に食べ物をこぼしても 靴ひもを結び忘れても あなたに色んなことを教えたように見守って欲しい>-。作者不詳のポルトガル語の詩を、シンガー・ソングライターの樋口了一さんが補訳した(『手紙~親愛なる子供たちへ』)◆老いた親から子へのメッセージは人々の心を打ち、各国に広がった。今、認知症を語り合う国際会議が京都で開かれている。患者や家族、研究者、医療・介護に関わる人など、80の国と地域から集まった約2500人が、認知症に優しい地域づくりや科学的知見をテーマに意見を交わす◆日本開催は13年ぶり。前回は認知症の男性が「物忘れがあっても考えることはできる。あきらめずに生きていけるよう手助けしてほしい」と訴え、国は呼び方を痴呆(ちほう)症から認知症へ変えた。日本の患者は2025年には700万人と見込まれ、実に高齢者の5人に1人がなる。もはや誰もが無縁ではいられない◆詩は<私の姿を見て悲しんだり/自分が無力だと思わないで欲しい><私を理解して支えてくれる心だけを持っていて欲しい/きっとそれだけでそれだけで私には勇気がわいてくるのです>と続く◆理解し、支える心。それだけで何かが変わる。(史)

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