唐津にゆかりある技師についての講演を聴く参加者=唐津市南城内の旧大島邸

■技師の長谷川、曽禰

 明治期の三菱の技師で唐津にゆかりのある長谷川芳之助(はせがわよしのすけ)(1855~1912年)と曽禰達蔵(そねたつぞう)(1852~1937年)の、日本近代化に与えた影響についての講演が24日、唐津市南城内の旧大島邸であった。

 建築家で長崎都市遺産研究会の中村享一さんが講師を務めた。

 2人はともに唐津藩士の子として生まれた。長谷川は三菱に鉱山部長として雇われ、本社の副支配人にもなった。福岡県の官営八幡製鉄所創設の立案者の一人でもある。近代建築家を代表する曽禰は同社で、三菱1号館や世界遺産である占勝閣を設計した。

 中村さんは長谷川を「アメリカで鉱山学、ドイツで製鉄事業を研究し、近代技術が持つ社会変革の可能性を日本で最も早く知り得た人物」と評価。製鉄の必要性を訴え、日本に定着させた功績をたたえた。また曽禰は、世界の建築技術を広めて近代化を進めたと紹介。後進の育成にも心を砕いた点を「目立ちたがり屋が多い当時の建築家の中でも特異な存在。近代建築誕生の下地ができた」と評した。

 会は市民団体「まちはミュージアム」が主催し、約60人が参加した。

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