学ぶのは気づくため、深く楽しく生きるため

■過去と未来に責任ある

 セミが鳴いている。まぶしい日差しの中でも曇って冷風が送られてきても、声が大きいほど命のはかなさを思ってしまう。今夏親しい友人の赤ちゃんが亡くなった。十年来の飼い犬が急に弱ってきた。

 つい先日、母の七回忌で上京する前、作家の高橋源一郎さんの話を聴きに家族で禅寺に向かった。決して生きやすいとは言えない今の時代に、どのように考えていったらいいのかを聴きにいった。ラジオで聞きなじみのある声からは、物事を一度考えただけで止めずに、その先をさらに考えるのだと。そしてそれをできるだけ現場で考え、感じた小さな違和感を大切にし、急がずに心に湧く時期が来てまた考えればいいと。そして僕が質問したのは、責任について。どうして僕ら大人はこれほど責任に無頓着になってしまったのか。過去と未来への責任があり、未来へは百年後の14歳にどう言えるかを考えて行動していけばいいと。今朝の散歩は空気が胸にすーと入ってきた。

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