長崎までを結ぶ幹線道路だった長崎街道。幕末期、さまざまな人物が往来し、佐賀城下にも訪れた=佐賀市柳町

吉田松陰像(山口県文書館所蔵)

■知見求め、松陰ら往来

 あかぎれで痛む足をさすりながら、その若者はかごに揺られていた。

 嘉永3(1850)年の暮れ。弱冠20歳の長州藩士、吉田松陰は佐賀城下を目指していた。幕末・維新期の数々の人材を輩出した私塾「松下村塾」を主宰する7年前のことだ。

 4カ月に及ぶ九州遊学の終盤。長崎や平戸、熊本を巡って疲れが出たのか、柳川で熱を出して2日間、病床に伏した。十分に体調が回復しないうちに出発し、長州への最短ルートを西に外れた。筑後川を渡り、現在の佐賀市諸富町寺井津から佐賀城下に向かった。

 城下には、長崎に向かう道中で一度は立ち寄っていたが、儒者の草場佩川(はいせん)との面会や佐賀藩校弘道館の視察を果たそうと再訪した。佩川は弘道館で教え、他藩の藩士からも一目置かれる存在だった。城下で催された詩会で佩川との面会がかない、視察した弘道館では枝吉神陽らと顔を合わせた。

 松陰は、拡張された弘道館に目を見張った。兵学師範を務めていた長州藩の藩校「明倫館」の寄宿生の定員は45人。これに対し、弘道館は約280人に上り、日記には「実に盛と云(い)ふべし」と驚きを記している。

 松陰を研究する京都大学名誉教授の海原徹さん(81)=日本教育史=は推測する。「長州にとって佐賀や福岡、熊本など九州の諸藩は先進地。特に弘道館があり、長崎警備を担っていた佐賀にはどうしても行きたかったに違いない」

 松陰の九州遊学の大きな目的は家業の兵学修業だった。ただ、香港が英国に割譲されたアヘン戦争の結末から、侵略される恐れを感じ取る中で、関心は長州藩の守りにとどまらなくなっていく。迫る脅威に、広くどう備えるか。駆り立てられるように国内を歩いて現状を確認して回り、見聞を広めた背景には、切迫した思いがあったのだろう。

 旅先で出合う光景に強い関心を示し、寄り道をして日没間近まで歩くことも珍しくなかった松陰は、各地の様子もつぶさに観察した。佐賀城下についても、「往還の童子、多くは書を挟み袴(はかま)を着けて過ぐ、実に文武兼備の邦(くに)とみゆ」と日記に書き残している。

 九州への遊学に続き、江戸や東北も巡っている。各地で兵学を学び、沿岸警備の状況を確認し、各藩の名士と交流を深めた。それぞれの藩校にも足を運び、学校の制度や施設の配置を克明に書き記している。後に松下村塾で講義をする教育者としての素養には、こうした積み重ねがあった。

 海原さんは松陰の一連の旅をこうみている。

 「目で見る、耳で聞くという実体験を通じて情報の質を上げていた。そのことが松下村塾で生かされ、優れた門下生を育てた。旅をしていなかったら、松陰という存在はなかった」

 九州一の幹線道路だった長崎街道を通り、多くの人々が佐賀の地を訪れた江戸時代。幕末期、その往来は増え、せわしさも増していたのだろう。松陰のように知見に触れようと訪ねてくる藩士。近代化を目指す佐賀藩の技術力に注目し始めた幕府の役人…。時代の揺らぎを感じ取り、不安を拭う手掛かりを求めていた。

 佐賀藩の若い世代も、最先端の学問に触れようと、江戸や大阪に出て行く。藩命で積極的に遊学させ、幕府の学問所「昌平黌(しょうへいこう)」の藩別入学者数は佐賀藩が最も多くを占めた。

 藩境を超えた人と人との出会いが、変革のうねりの源流になっていく。

=遊学後も慌ただしく=

 吉田松陰は九州遊学を終えた後も慌ただしく動いている。翌年の嘉永4(1851)年1月、兵学を学ぶため江戸に向かうように藩から辞令を受けた。江戸では、古賀穀堂の甥(おい)に当たる儒者からも学んだが、この年の12月には東北を巡る旅に出ている。ただ、藩から関所手形の交付を受けないまま出発したため、結果的に脱藩する形になった。

 嘉永6(1853)年6月のペリーの浦賀来航に衝撃を受けた松陰は、海外を見聞しようと密出国を企てる。3カ月後、プチャーチンが率いるロシア艦隊への乗船を思い立って長崎に向かったが、すでに出港。諦めずに翌年、下田でペリーの米国艦隊に潜り込んだものの、連れていくことを拒まれ、投獄された。

 この後、国元に戻り、松下村塾で門下生を指導したが、安政6(1859)年、老中暗殺を企てたとして「安政の大獄」で死罪になった。29年の生涯だった。

1830(天保元)  吉田松陰が長州・萩に生まれる

1840(天保11) 佐賀藩の藩校「弘道館」が移転、拡張

1850(嘉永3)  松陰が九州遊学の旅へ。佐賀藩の弘道館などを訪ねる

1857(安政4)  叔父が開いた私塾「松下村塾」を松陰が引き継ぐ

 ■次回は、さまざまな志士と行動した小城藩出身の人物を取り上げ、尊王攘夷(じょうい)論や倒幕の思想が広がりつつあったころの動きをたどります。

このエントリーをはてなブックマークに追加