エアバッグの考案者が日本人だったとは知らなかった。発明家の故・小堀保三郎(こぼりやすざぶろう)氏が1964(昭和39)年に開発に着手し、世界14カ国で特許を得ている。自動車産業への貢献で「日本自動車殿堂」入りしているが、奇抜すぎるアイデアは当時、冷遇されたようだ。実用化は見ていない◆エアバッグ製造大手の「タカタ」が民事再生法適用の申請に追い込まれた。エアバッグが開く瞬間に金属片が飛び散り、ドライバーを死傷させる欠陥が発覚。最初のリコールから9年が過ぎた。対応が後手後手にまわり、負債総額は1兆円をはるかに超えた◆どこかで踏みとどまれなかったか。佐賀県内には国内唯一のエアバッグ生産拠点である子会社「タカタ九州」が多久市にある。有田町のシートベルト工場と合わせて650人が働いており、地域経済への影響も大きい◆小堀氏のエアバッグは運転席だけでなく、側面や天井にも取り付けるアイデアだった。バンパーにぶつかった歩行者を包み込むエアバッグまであり、生命を守ることに、いかに心を砕いていたかが分かる◆殿堂入りの紹介文を書いた小口泰平・芝浦工業大名誉学長が、小堀氏が残した日記の一節を取り上げている。「力強く己が営み拓(ひら)くべし/貧しくともよし/正しくあれば」-。安全技術の原点には、強い信念が刻まれていた。(史)

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