少年の主張

 皆さんは障がい者について、どのように見たり考えたりしていますか。僕はトリチャーコリンズ症候群という障がいを持って生まれました。あごや頬骨が未発達な状態で生まれてくる難病です。この疾患で聴覚障がいや呼吸障がいなどを併発する場合もあります。

 小学校の低学年のとき、この障がいのせいで、じろじろ見られたり笑われたりしました。指を指されるのがとても嫌で外に行くのが嫌になり、毎日泣いていました。なぜ僕がこんな目にあわなくちゃいけないのかと思っていました。自分は自分、その人はその人と考えを変えたり、自分を慰めたりしました。しかし、じろじろ見られたり、笑われたりするのはとてもつらかったです。

 昨年7月、神奈川県相模原市で障がい者殺人事件が起きました。とてもびっくりしました。重度障がい者が入居する「やまゆり園」という施設に若い男が侵入し、入居者45人が刺されました。このうち19人が死亡し、26人は重軽傷を負いました。容疑者は「重度障がい者は生きている意味がない」「いなくなればいいと思った」と言っていました。

 インターネットで世間は障がい者についてどう見ているのか調べてみました。この事件に対し、「なぜこのようなことをしたのか」「悲しい事件だ」という言葉もありました。逆に「重度障がい者は殺されて感謝するべきだ」「よくやった」という悲しい言葉もありました。

 容疑者はヒトラーの思想が降りてきたということを言っていました。ヒトラーが率いたナチスは第2次世界大戦が始まると知的障がい、身体障がい、精神障がいのある人を安楽死の標的にしました。ドイツの医師と協力して障がいのある子どもや幼児も薬物注射や飢餓によって殺害し、犠牲者は15万から20万人とされています。たくさんの障がい者が殺されたことを知り、とてもつらくなりました。

 障がい者が生きていくことに理解を示してくれる人もいれば、傷つくような言葉を吐く人もいて、複雑な気持ちになります。悪意のある言葉は僕の仲間と僕自身に向けられているような気がします。障がいのある人ならではの悩みがたくさんあり、僕もつらさを我慢していた時がありました。

 しかし、世間には障がい者に手を差し伸べてくれる人がいます。家族のサポートやろう学校の人たちに会って考えが変わってきました。家族や先生、友達に相談したり話したりするとスッキリします。ある時は家や学校の外であいさつをしてみました。すると相手もあいさつをしてくれました。それから話しかけてくれたり、友達になってくれたりどんどん交流できました。うれしかったです。外に出るのが少しだけ楽しくなってきました。

 最近はカードゲームの大会に参加しています。交流のあった友達に会ったり、大会を通じて新しく友達ができたりしました。とても楽しいです。そんな風に成長できたのは支えてくれた家族や先生、友達みんなのおかげです。いつも一緒ににいてくれて一緒に笑ってくれるすてきな人たちが支えてくれているから今の自分があると思います。自分は一人じゃない。周りには支えてくれる人がたくさんいることに気づきました。だからつらくなったときはふっと周りを見ます。支えてくれる人たちの笑顔を見るとつらい気持ちはふっと消え、生きていくことができます。障がいのことを悪く思わず一生のパートナーであり、支えてくれるものだと考えるようになりました。これからは後ろを見ないで前だけを見て、生きていこうと思います。 

このエントリーをはてなブックマークに追加