言葉は時に人を支え、感動の涙を流させます。言葉は時に人を暗闇に突き落とし、悲しみの涙を流させます。どちらの言葉も放つのは人です。皆さんには忘れられない言葉はありますか。私にはあります。「がんばろう」という言葉です。誰でも一度は言われたことのある言葉ではないでしょうか。

 私の胸にはめ込まれて外れない「がんばろう」はたった一度きり、あの子に言われた「がんばろう」です。あの子というのは私の同級生のナオヤ君のことです。男女関係なく友達が多く、いつも周りに人がいて、誰からも親しまれるような子です。しかし、彼は今この世にはいません。

 彼は小学5年生の時、急性骨髄性白血病になり、中学1年生の春に天国に旅立ちました。最後に会ったのは彼が一時的に退院していたときです。デパートの売り場で偶然の再会でした。会うのは久しぶりで前より痩せていたけれど、変わらず優しく笑ってくれました。短い時間でしたが、私は友達との人間関係や自分の進路についての悩みを打ち明けました。相づちを打ちながら聞いてくれた彼は、最後に笑って、力強く「がんばろう」と言いました。その言葉に励まされ、背中を押されました。今でもつらいときは彼の「がんばろう」を思い出します。

 最近になって気づきました。ナオヤ君は普段から優しい言葉、励ます言葉、周りを一つにする言葉を口にしていました。それが周りにいつも人が集まり、笑顔があった理由ではないかと思います。ナオヤ君が学校に来た日は多くの人がそばに集まりました。病気だったからではありません。笑わせたくて、少しでも元気づけたくて、何より温かい言葉でつながりたかったからです。

 私たちとナオヤ君は温かい言葉でしっかりとつながっていました。温かい言葉は単に五十音を組み合わせただけでは生まれません。相手の心境、その時のシチュエーション、相手に対する思いやり、その全てが混じり合って初めて、温かみのある言葉へと生まれ変わるのだと思います。そしてそれが家族や友達、周囲の人たちと関わっていく上で、重要なことであると彼は教えてくれました。

 「がんばろう」という言葉は本当ならば闘病していた彼に、私からかけなければならない言葉でした。どうして自分が病気にならなけれなばいけないのか。もう大好きなバスケットはできないのか。自分はどうなってしまうのか。そんな不安が彼の中にいくつもあったことでしょう。不安や恐怖の中にいたにもかかわらず、私を励ましてくれました。彼の「がんばろう」は思いやりのこもった最高に温かい五つの音でした。

 あなたは周りの人たちとどのような言葉でつながりたいですか。冷たく、思い出す度に泣きそうになるような言葉ですか。温かく、思わず笑顔になるような言葉ですか。最近、いじめによる同年代の子が自殺するニュースをよく見かけます。いじめは思いやりのない言葉を発した時点で、すでに始まっているのです。

 みなさんは今日、心ない言葉を放ちませんでしたか。つい、口にしてしまいませんでしたか。あなたも私もいつ冷たい言葉が連鎖する発信源になるか、わからないのです。私はこれからも言葉の重み、温かみを考えて人とつながっていきたいです。みんながそうすることで、私とあなた、あなたと周りの人たちのつながりは何にも代えがたい素晴らしいものになると信じています。

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