しん窯で見掛けた「三ツ星に一文字」紋(渡辺紋)

「松浦星」と言われる三ツ星紋

 来年2018年は、松浦党有田氏居城・唐船城築城800年記念事業を迎える。

 嵯峨源氏の流れを組む松浦党は、渡辺綱のひ孫に当る源久が、肥前の国宇野御厨の検校に任ぜられ長崎県松浦市に下向した事に始まるとされている。松浦氏が出た渡辺氏の家紋は「三ツ星に一文字」で別名「渡辺星」と称され一族が挙って使用した。松浦氏とその一党は、宗家をおもんばかって「渡辺星」の一文字を取り「三ツ星」を家紋とした。夜空に輝く星を西洋では「★」の形で表し、日本では「●」の形で表している。その呼称も易学の観点から「星」とは呼ばずに「曜」と呼んでいる。松浦党は、倭寇と呼ばれる貿易集団で、海を舞台に活躍した。その守護神として諏訪神社を祀(まつり)、旗印には家紋の「三ツ星」と神威の印である「梶の葉」を描いた。しん窯の社長梶原茂弘さん(73)の父親・太郎さん(享年84)は佐世保市からの養子で松浦党に造詣が深かった。佐世保市と言えば、相ノ浦の飯盛城や瀬戸越えの大智庵城等と唐船城とは縁が深く、お父様の思いが窯のお道具類に「三ツ星に一文字」紋が記されていた。トチンやハマ、釉薬甕(ゆうやくかめ)の木の蓋(ふた)等にはハッキリと刻印されていた。いわゆる、松浦党の末裔(まつえい)の心意気かも知れない。梶原社長は、小さい時に父が松浦党の話を熱っぽく話していたが、その当時は何がなんだか判らなかったという。来年の唐船城築城800年記念事業には、町民の一人として町の活性化に向けて協力していきたいと話した。

(地域リポーター・藤泰治=有田町)

このエントリーをはてなブックマークに追加