新酒鑑評会出品用に瓶詰めした新酒

■社運賭け命削る

 新酒鑑評会のことを書こう。毎年記事にもなるが、吟醸酒を中心に蔵で一番いい酒が出品され、入賞すると、会場で問屋の社長が蔵元をつかまえて「この酒を全部ください」と言うこともある。そうでなくても入賞酒はすぐに完売し、すると注文が次の酒に移り、最後にはレギュラー酒の上撰酒(じょうせんしゅ)まで売れるようになる。

 列車で言えば、吟醸酒が機関車の役割を果たし、その蔵の全ての酒が引っ張られていく。地方の多くの名酒蔵はそうして発展してきた。杜氏組合には全国の蔵元から吟醸造りの上手な杜氏をと求人が寄せられる。

 杜氏になると、出品酒の製造が任せられ、その結果に酒蔵の行く末を左右するほどの責任が課せられる。特に地方の名もない小さな酒蔵にとっては、知名度とイメージアップが図られ、売り上げに大きく貢献することから、杜氏は命を削るようにして取り組む。

 一所懸命頑張っても良い酒ができなかった場合は悲惨だ。何処(いずこ)の杜氏さんは寝込まれたらしいとか、「そんなに悩むと病気になる」と言って酒造りを家族がやめさせた話もある。

 私も入賞を逃した時は目の前が灰色になり、会社にも家族にも顔を合わせられなくなる。頭が痛くなり、肩がこり、胃も腸も背中まで痛くなる。夏場の仕事に影響するほどに落ち込む。

 それでもお盆が過ぎて北風が吹く頃になり、朝夕が冷えてきて田んぼの稲穂が色つき始め、日ごとにこうべを垂れてくるのを見ると、また頑張ろうという気持ちに変わってくる。こんな生活をもう33年続けている。

 うちは吟醸も純米も焼酎も全部金賞を取らないとだめだとおっしゃる蔵元の杜氏は大変だ。鑑評会さえなければ酒造りはどんなに楽かと思うことがある。だがもし鑑評会がなかったら気合も入らないし、励みも薄れてしまう。

 いのうえ・みつる 1951(昭和26)年、唐津市肥前町入野生まれ。「肥前杜氏」として半世紀にわたり酒造りに携わる。現在、有田町・松尾酒造場(宮の松)に勤務。九州酒造杜氏組合長。

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