「諫早の石橋」「武雄の温泉」「肥前武雄の山道」の絵が紹介されたイラストレイティッド・ロンドン・ニュース1861年10月26日号(武雄市所蔵)

 江戸時代の終わりごろ、鎖国と呼ばれた国禁も解かれ欧米の国々から人々が日本を訪れるようになり、東洋の果て、日本に対する興味も拡大していったようです。

 今回紹介するのは「イラストレイティッド・ロンドン・ニュース」というイギリスの絵入り新聞で、1861年10月26日号の記事です。「日本派遣の画家によるスケッチ」として日本の風景が紹介されています。当時は、まだ写真の画像を紙面に掲載することができなかったため、さまざまな出来事を絵入りで伝えるこうした新聞は当時の人々の関心をひきました。

 画家や日本の役人、人夫ら一行は、6月1日、出島を出発、長崎の町を抜け矢上を通り諫早の眼鏡橋を渡って投宿しました。

 翌朝、一行は大村から松原宿、さらに俵坂峠を越えて大村藩と佐賀藩の境の番所を通過、嬉野に到着しました。嬉野については、田園風景の広がる町で、温泉は辛うじて手を浸すことのできる熱い湯で、いくつかのランクの湯屋があると記しています。嬉野でのわずかな滞在のあと彼らはすぐに出発しました。

 山道を苦労して進んで、下ったところが武雄でした。記事には「Takiwa」と書いています。竹や生け垣で整然とした区画された立派な道路、田園風の快適で清潔、素敵なコテージ、そして名高い温泉。それが武雄だと紹介しています。(武雄市図書館・歴史資料館 川副 義敦)

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