御神幸祭で奉納される獅子舞=基山町宮浦

獅子舞を導く「獅子釣」の所作の指導を受ける子ども(中央)=JAさが基山支所

獅子釣と呼ばれる子しらもらたちがかぶる帽子を色紙で飾り付ける男性=JAさが基山支所

■大役に憧れ励む稽古

 JAさが基山支所の2階、年配の男性たちが20人以上集まり色とりどりの紙やひもを手に真剣な表情で机に向かっている。丁寧な手つきで飾り付けているのは、子どもや青年が23日の御神幸祭で披露する伝統行事「獅子舞」で用いる道具や衣装だ。小頭を務める坂口雅義さん(67)は「伝統をつなげていこうと皆さんが協力してくれている」と目を細める。

 1970(昭和45)年の大阪万博の際に作られたパンフレットの紹介文によると、獅子舞は千年以上前に百済(くだら)の将軍が荒穂神社の祭典に奉納したのが起源とされる。

 赤組(向平原、辻、引地)、黒組(田中、水上、一井木)の計六つの地区が手を取り合って奉納し、赤(雄)と黒(雌)の2頭の獅子に成人2人ずつが入る。きらびやかな中国風の衣装をまとった「獅子釣(ししつり)」と呼ばれる幼い2人の男児に導かれ、2頭は対象となるような動きをとる。「寝獅子」や「立獅子」、地面で転げる「だんごろ舞」など、時に激しく、時に静かに、鉦(かね)や太鼓の音とともに華麗に舞い踊る。

 同万博では県内の伝統芸能の代表団の一員として出場した。現在は小頭の内山弘喜さん(63)は当時高校生。「地方自治体育館を舞台に1日7回ほど獅子舞を披露した。記憶に強烈に残っていて、若いながらに『継承しなくては』と思った」と保存しているパンフレットや写真、法被を誇らしげに眺める。

 今年から獅子釣を務める細川健太君(5)は年明けから稽古に励んできた。「ずっとやってみたかった。衣装をたくさん着るからきついけど、踊りもだいぶ覚えたよ」と憧れの大役に目を輝かせている。

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