■直正公の銅像、4日に除幕 

 春3月。季節は移り、日ごとに暖かさを感じるようになってきた。寒がりにとってはうれしい限りで、外出の楽しみも増えてくる。スポーツ観戦も、その一つで、待ちに待ったサガン鳥栖の2017年J1シーズンが開幕した。残念ながら柏に逆転負けを喫したが、中心選手の移籍で心配していたチームは、新戦力が活躍、進化した「ニューサガン」の片りんを見せてくれた。

 それにしても柏戦は悔しかった。先制したのにPK2本で逆転負け。根っからのスポーツ好きの性分か、勝てばおのずと気持ちが弾んでくるが、負けた翌日は新聞を開くことさえ嫌になる。先日も朝、スポーツ面に目を通す気分になれず、手に取ったのは夕方近くになってのことだった。

 いかに期待しているかの裏返しなのだが、サガンには私をはるかにしのぐ熱狂的なサポーターが数え切れないほど存在、その支援のおかげもありクラブ結成20年を迎えた。苦難の歴史を乗り越え九州で唯一、日本サッカーの最高峰J1の舞台に立ち、まさに「佐賀の誇り」に育ってくれた。

 J16年目はPassion+One(情熱をもって1番、一つになれ!)のスローガンを掲げ、初の「タイトル奪取」を目指す。リーグは始まったばかり、きっとやってくれると信じている。

 この春はもう一つ「佐賀の誇り」が形になった。佐賀藩10代藩主鍋島直正公(1814~71年)の銅像再建である。官民一体となった再建委員会(井田出海会長=佐賀商工会議所会頭)が、生誕200年を記念し2014年から募金活動を始め、今月4日、佐賀市の佐賀城鯱(しゃち)の門北側広場に披露される。

 直正公は作家司馬遼太郎に「明治維新はひとあし先に佐賀で達成された」と言わしめた希代の名君だった。卓越したリーダーシップで、藩の財政を再建するとともに、日本で初めて反射炉を設け鉄製大砲を鋳造、蒸気船を建造するなど軍備を強化。蘭学、英学を奨励し西洋医学を普及させ、佐賀藩を雄藩に育てあげた。

 生誕100年に当たる1913年、大隈重信が建設委員長となり松原神社(佐賀市)西側に建立したが、戦時中の金属供出のため44年に撤去されていた。再建された銅像は衣冠束帯の立ち姿で高さ4メートル、佐賀藩ゆかりの反射炉をイメージした台座・基壇を合わせると約8・5メートルの高さとなる。

 募金は当初、苦戦も予想されたが、目標の1億円を約4千万円上回り、県内だけでなく20都道府県から浄財が寄せられ「終わってみれば思った以上の反応があった」と再建委員会。直正公に対する思いは今も「深く、熱い」ことを活動を通し再認識させられたという。

 ちょうど明治維新プレ150年に合わせたように完成。「そこまで意図したわけではない」(委員会)というが、銅像によって直正公の慧眼(けいがん)や実行力をリアルにイメージできるようになり、佐賀人の自信と誇りを取り戻すシンボルとして、ぜひ生かしてほしい。(編集局長 澤野善文)

 (除幕式は4日午前11時半から現地で開き、参加は自由)

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