その表現は豊かさや進歩への静かな批判を含んでいる。壮大なアラスカの自然とそこに暮らす人々を活写した写真家の星野道夫。ヒグマに襲われ43歳で急逝し、今月で20年になる◆大地を移動するカリブー(トナカイ)の大群、氷上でくつろぐホッキョクグマ、川を遡上(そじょう)するサケを待つ灰色熊グリズリー…。切り取られたアラスカは、自然の厳しさと優しさを教えてくれる。関心は動物や自然に限らず、先住民族の神話までと幅広い。スケールの大きさは群を抜く◆冒険を求めた人だった。16歳で米国に船で渡り、ヒッチハイクで放浪の旅をした。やがて北へのあこがれを膨らませる。大学時代に親友が山で遭難した事故に衝撃を受け、「好きなことをやっていこう」と写真家を志した◆写真という枠からあふれ出す思いがあったのだろう、それは文章でも表現された。深い思索が文を香り高いものにした。『旅をする木』(文春文庫)にこんな言葉がある。「寒いことが人の気持ちを暖めるんだ。離れていることが人と人とを近づけるんだ」◆目に見えない世界への憧憬(しょうけい)があった。「あわただしい人間の日々の営みと並行して、もうひとつの時間が流れていることを、いつも心のどこかで感じていたい」。命の巡りへの洞察が表現を深くした。世俗にまみれた筆者には、ますます輝いて見える。(章)

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