欧州向けに開発した食器シリーズを見つめる金子昌司源右衛門窯社長。家紋や水玉をシンプルにし、緻密な手仕事を抑え気味に表現した=西松浦郡有田町

■成功の「方程式」描けず

 解散した有田焼輸出商社「アリタインターナショナル(AIC)」が2000年、英国で開いた販売会。源右衛門窯(西松浦郡有田町)の金子昌司社長(59)は、現地の店員の言葉が忘れられない。「いい仕事をしているが、極東の無名の焼き物としては高すぎる」。ハンガリーの手描きの高級食器を見せられ、値を抑えるように助言された。

 有田焼の輸出で大きなネックになっているのが価格だ。輸送費や関税、為替レートの影響で、小売価格は国内の倍前後に膨れ上がる。製造した食器をそのまま持ち込んでも、価格競争で太刀打ちできない。

 14年後、フランスの国際見本市。源右衛門窯は、生産コストを抑えた食器シリーズを発表する。デザインをシンプルにして、線描きに印刷技術を取り入れた。

 誰もが知る高級アパレルブランドから声がかかり、オリジナル商品に採用されたが、方向性には迷いがある。シリーズを別ブランドで売ることはもちろん、自社で販売することも禁じられ、窯の銘を入れることさえ許されない。「英国に出展した時よりは前進したけれど、ブランドとしての位置付けは世界ではまだまだということ」と金子さん。コストを削りながら、持ち味の緻密な手仕事をどう表現するか、答えは出ない。

 AICはドイツで見本市を計5回開催したが、参加した商社・窯元は販売ルートを確立できなかった。かつてAICに勤務した有田町の商社「キハラ」営業統括マネジャーの松本幸治さん(42)は振り返る。「企画から製造販売まで、全てを有田でやろうとしたからうまくいかなかった」

 国内向けの有田焼は、消費者の好みや流行を商社が窯元に伝えてヒット商品を生み出してきた。海外で同じ手法で取り組もうとすれば、各国の言葉に堪能で、流行に敏感な商社の担当者が欧州に駐在しない限り、ニーズの反映は難しい。

 状況を打開するヒントがないわけではない。キハラは4年前から、シンガポールでギャラリーを営むデザイナーと共同製作をしている。「現地にパートナーをつくる」という試みだ。

 企画や販売はデザイナーに任せた。現地の屋台文化を踏まえ、土産用の飾り皿に商機を見いだした。観光シンボルのマーライオンや建国の父など、地元で親しまれている絵柄で売り出し、年間出荷数が1万点を超えるヒットになった。

 こうして現地の市場に精通し、信頼できるキーマンに出会えるとは限らない。松本さんは実際、各国の見本市に何度も参加し、空振りに終わってきた。「今回のパートナーが商品を気に入ってくれたことが大きい」。AICの教訓を得て努力を重ねても、偶然に左右される部分は大きく、成功の方程式は確立されていない。

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