このところインターネットの世界ではフェイク(偽、うそ)ニュースや情報操作などネットの負の側面が目立っている。以前から誤報やデマはあったわけだが、会員制交流サイト(SNS)が普及した現在、その拡散による影響の度合いは昔の比ではない。事実よりも感情に訴える一方的な断定に共感が集まり、発言力の強い人の主張がまかり通る時代にあっては、うそを見抜き、情報を読み解く力の涵養(かんよう)が誰にも等しく必要だ。

 ヤフージャパンが今月、ヤフーニュースに付けるコメントで、複数のアカウントを使って投稿された場合は正常に反映されない可能性があるとの通知を出した。「複数のアカウントを取得し、多くの意見として印象を扇動する行為」を禁止している、との理由だ。

 具体的に言えば、例えば意にそぐわない記事があった場合、1人のユーザーが複数のアカウントを用い「うそだ」「事実とは異なる」などと書き込みを連ねれば、コメント欄を見た人は誤報と錯誤する可能性がある。実際にそのような世論誘導、印象操作をする人たちは「ネット工作員」とも呼ばれていたが、今回の通知は、そうした人たちが実際にいて、印象操作がコメント欄で常態化し、もはや放置できない事態にまで至っていることを物語ってもいる。

 情報操作は過去にもあった。ヒトラーの大衆扇動術が典型だ。「大衆は愚かである」との前提で「同じうそは繰り返し何度も伝えよ」「人は小さなうそより大きなうそにだまされる」などとし、何より「利口な人の理性ではなく、愚か者の感情に訴えろ」と説く。

 フェイクニュースはこの手法を踏襲している。その上、現代はスマホが普及し、SNSの利用も拡大しており、手軽なリツイートやシェアで情報は瞬時に爆発的に拡散させられる。扇動する側にとっても、これほど有利な時代、媒体はかつてなかったとさえ言える。

 こうした時代にあって、私たちは情報とどう向き合えばいいのか。旧聞に属するが、東京大学の本年度入学式で五神真(ごのかみまこと)総長が述べた式辞が示唆に富む。

 五神総長は、フェイクニュースで結果が左右された昨年の米大統領選などを例に「事実にもとづく反論や丹念な論証よりも、感情に訴える一方的な断定が大きなうねりとなり、偽りの共感を生み出してしまう」と、新たな情報メディアが人々の事実や真実に対する感覚を変えつつあると指摘。その上で「言葉を大切にしよう」と呼び掛けた。

 言葉は人間の「考える」という知的な探究作業の支えであり「情報の海に溺れてのみ込まれてしまうのではなく、知に裏打ちされた言葉を自ら鍛えあげ、新しい推進力や想像力を生み出していく必要がある」と訴える。五神総長は、フェイクに対抗する冷静な「知」のあり方を示してくれている。

 知を育むには、何より教育が重要であるのは言うまでもない。米国の小学校では賢いニュースの消費者になる勉強法を実践しており、例えばオンライン記事を「ニュース」や「宣伝」「広告」「意見」などに分類する訓練を積んでいるという。情報化時代の今だからこそ、感情に左右されず沈思黙考する知のスタイルを再構築したい。(森本貴彦)

このエントリーをはてなブックマークに追加