じっと見入ったトキワハゼ

 山々の新緑が渡してくれるものを、一体どのように表現したらいいものだろうか。思春期に初めて出合った印象派のまぶしさか、憧れの人がトラックを颯爽と走る肢体のしなやかさか。

 先月、まだ芽吹く前の井手野栗園で九州大学による催し『野花と音を歩く』があった。戦後何十年と栗園を育て守ってきた地元の人の思いを、その足元に人知れず咲くさまざまな野花を探し、気に入った場所の枝に手作りのウィンドチャイムを吊るして表現した。植生を調べるため何年も通った学生が作った野花図鑑で花々を確かめつつ歩き、栗園での重労働の姿をつづった映像を霧に映写するフォグスクリーンの密かな設置場所を探した。

 足下に可憐(かれん)な花々のあることに驚き、風を拾うチャイムの響きに身を任せ、景色の作り主の働く姿が水蒸気に漂うように浮かぶのを見た時、心の深いところが揺れたように感じた。その余韻はいまも僕の中にある。(小野寺睦・養鶏農家)

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