1945年8月9日、長崎。14歳だった作家の林京子さんは学徒動員先の兵器工場で被爆した。デビュー作『祭りの場』には、原爆の閃光(せんこう)と廃虚となった街をさまようさまが描かれている。小説なのにドキュメンタリーのように地獄のありようが映し出される錯覚を起こす◆<かくて破壊は終わりました>。米国の記録映画の文句が小説の結びだ。怒りに震えたことが創作の原点にある。彼女は奇跡的に無傷だったが、生き残った者の苦悩の始まりでもあった◆結婚、出産、子育て…。人生のそれぞれの季節に放射能が引き起こす不安や恐怖をテーマに書いてきた。被爆した友人の多くは子育てをしている30~40代に発病し、入退院を繰り返す。中には亡くなる人もいた。自身、母として親子で苦しんできた経験も持つ◆「被爆とは被爆者個人の体験ではなくて、人間全体の問題」-。そんな言葉を語った。そのくらい人類の未来を巻き込んだ問題と考えたからだ。私たちはいや応なく核の時代を生きているのである◆核の罪深さを見つめ続けてきた林さんが亡くなった。生前、『祭りの場』に「生の喜びが書かれている」という感想を寄せた大学生がいたことをとても喜んでいた。「死」を通して向き合う「生」。そこに悲惨さだけで終わらせてはいけないという、生き残った人の一念がある。(章)

このエントリーをはてなブックマークに追加