「どのような社会を望むのか、一人一人が考えて憲法の論議に関わってほしい」と話す佐賀大学准教授の井上亜紀さん=佐賀市の本庄キャンパス

■政治家任せでいいのか

 日本国憲法が1947年5月3日に施行されてから70年。国民主権、平和主義、基本的人権をうたい、戦後の社会を築く礎になった憲法が今、改正論議の渦中にある。主権者である私たちはどう向き合えばいいのか。識者へのインタビュー連載の初回は、佐賀大学で20年、憲法を教えてきた井上亜紀さん(50)に聞いた。

 〈井上さんは近年、学生と接していて不安やもどかしさを感じている。若者を取り巻く社会情勢は厳しくなってきていると考えているが、政治をただす意見がなかなか聞こえてこない〉

 「若者の政治への関心が薄いのは、現状を変える必要性を感じない、政治家に任せておけば大丈夫と思っているからでしょう。実際、それで困ることはなかったのでしょうが、これからはそうはいかないのでは」

 〈井上さんが大学院で憲法を学び始めた1991年は、バブル時代の真っただ中。学生運動は「遠い昔」の話で、学生の多くは政治と距離を置いていたが、言論は活発だった。1月に勃発した湾岸戦争への自衛隊派遣を巡り、学内でも熱い議論を交わした〉

 「周りは批判精神が旺盛な人ばかりで、自由にものを言い合っていた。そうした雰囲気を楽しみながら、社会を良くしたいという気持ちがあった。今の学生は、そんな気概が乏しい。不景気の時代しか知らないからか、政治や社会に多くを求めない現状肯定型が多くなっている気がします」

▼国民も関わる姿勢必要

 「私は学生に『憲法は少数者の権利や個人の自由を守るためにある』と言い続けてきましたが、夫婦別姓訴訟などで権利を主張する側に立って話をすると、『なぜ、国が決めたことに文句を言うの?』という反応が年々、多くなっている。今の学生は素直ですけれど、『話が通じないな』と思うときもある」

 「憲法によって個人の自由や権利の範囲は着実に拡大してきました。そこには、平和主義の下で手に入れた経済的豊かさという裏付けがありました。しかし、少子高齢化が進んで財政が厳しさを増し、安全保障環境が変化してくると、国は国民の統制を強めようと、自由や権利を制限する可能性があります。現に改憲論議の中で、そう主張する政治家が増えています」

 〈昨年夏の参院選後、国会で改憲勢力が衆参両院の3分の2を占め、戦後初めて改憲を発議できる環境が整った。安倍晋三首相は意欲を前面に出し、憲法審査会などで論点整理が進められているが、国民の関心は高まらない〉

 「国民の多くが憲法を今すぐ変える必要はないと思っているからではないですか。それと、政治家が改憲の必要性を国民にきちんと説明できていないからだと思う。『今こういう問題に直面していて、何条をどう改正しないと対応できない』と提案されて初めて国民レベルで議論が始まる。暮らしに関わる具体的なイメージを示さずに護憲か改憲かを問うだけでは、国民不在の議論が続くだけです」

 〈改憲が発議されれば、半年以内に国民投票が実施されることになる。国民の関心や理解度が低いままでは、昨年のEU離脱を巡る英国の国民投票のように混乱を招く恐れもある〉

 「憲法が変われば国のかたちも変わり、暮らしにも影響してくる。それは憲法施行後、国民が少しずつ権利の範囲を広げていったように、すぐに変わらなくてもじわじわとやってきます」

 「憲法を変えるにしても変えないにしても、その結果は次の世代が引き受けることになる。どういう国、どういう社会にしたいのか、政治家には丁寧な説明が求められるし、国民も主権者として、議論に積極的に関わる姿勢が必要です。でないと、『こんなはずじゃなかったのに』ということになりかねません」

 ■いのうえ・あき 1966年生まれ。憲法学者。九州大法学部卒。九州大法学研究科で憲法を学び、96年から佐賀大で教壇に立つ。経済学部所属。佐賀市。

このエントリーをはてなブックマークに追加