地域のお年寄りに大太鼓の所作を習う子どもたち=基山町の西長野地区にある天満宮

鉦風流で使われる鉦。「天保九」の文字が刻まれている=基山町西長野地区の天満宮

■力強い拍子に合わせ舞う

 「ドン! ドン!」。はちまきと黄色い帯姿の男児が力強く太鼓を打ち鳴らし、側転などを交え軽やかに舞い踊る。そろいの衣装をまとった男衆が一斉に円形の鉦(かね)を頭上に掲げ打ち鳴らすと、「カン! カン!」という甲高い音が響く。御神幸祭(23日開催)の愛称「どんきゃんきゃん」の由来とされるのが久保田地区が奉納する鉦風流(ふりゅう)だ。

 風流は八並長者と呼ばれる地域の有力者が、子どもを授かったお礼として、信仰していた荒穂神社に奉納したことが始まりとされる。大太鼓や大鉦など総勢40人が息の合った演奏を披露する。

 黄金色に輝く10基の鉦が用いられ、鉦は軽いものから順に1~10まで番号があり、重量は10~15キロにもなる。町民俗芸能保存会理事の重松和美さん(68)は「古くは江戸時代の天保年間に作られたものが現役で使われている。戦時中の拠出もなんとか免れたのだろう」と語る。

 男衆は鉦を左手一本で持ち、右手にはフジの枝で作った金づち型のばちを握る。一番の見せ場は左右2列に並んだ10人全員が一斉に鉦を頭上に掲げて打ち鳴らす場面。「鉦に通した縄をしっかり握り、膝を振り上げた反動で一気にあげ、拳に乗せる」のがこつだという。

 御神幸祭は1957年からいったん途絶え、明治100年を記念し68年に復活した経緯がある。だからこそ、地域の人々が受け継いでいこうとする気持ちは強い。白水隆弘さん(44)も「お盆を過ぎると祭りの季節という感じで血が騒ぐ」と心待ちにしている一人。自身も過去に大太鼓を務め、年長者から教わった所作を息子の翔太君(12)と悠惺君(9)に身ぶり手ぶりで伝えている。

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