松本英将さん

佐賀県人権・同和教育研究協議会 松本英将・前研究局次長に聞く

=「価値ある存在」子どもに自信を=

 インターネット上には今、被差別部落の人たちや在日外国人、障害者らに対する差別的な言葉があふれている。ヘイトスピーチ(憎悪表現)やヘイトクライム(憎悪犯罪)という深刻な人権侵害を生む土壌にもなっており、教育で差別の芽を摘むことは社会の重要課題になっている。8月は同和問題啓発強調月間。佐賀県人権・同和教育研究協議会(佐同教)の松本英将さん(47)に、現状と今後の人権教育のあり方について聞いた。

 -松本さんは小学校教諭として20年間、人権教育に尽力してきた。同和問題をめぐる現状と課題は。

 部落差別の解消を目指し、国が同和対策事業に取り組んで50年近くになる。結婚差別や就職差別は依然としてあるが、随分減った。「寝た子を起こすな」というか、これ以上、同和問題に取り組まなくても差別は自然と解消されるという意見も聞こえてくるが、ネット上には被差別部落に対する間違った情報や悪意に満ちた言葉があふれており、子どもたちがそれをうのみにする危険性がある。

 県内でも10年ほど前、県立高校を卒業した大学生が、部落差別に関わる賤称(せんしょう)語を使った中傷の手紙を母校や教師に送った。前年度は中学校で、生徒が同級生に賤称語を使っている。これらはネットだけが要因ではないが、「寝た子を起こすな」という考え方はますます成り立たなくなっている。

 -正しい知識こそが差別を防止するというのは人権教育の基本だが、松本さんはそれだけでは不十分という考えに至った。

 長い間、県内では「部落問題の歴史を正しく教えれば、子どもたちの心は差別解消に向かう」という認識のもと、知識教育に力が注がれてきた。同時に「差別を受けた人はこんなつらい思いをしているから、差別をなくそう」という「同情」や「思いやり」の学習が行われた。これでは、子どもたちが部落問題を「昔のこと」「かわいそうだけど自分には関係ないこと」と捉えてしまう恐れがある。

 克服するには「差別はいけません」的な学習から脱却し、現代の部落問題を学ぶことを通して、「差別とは何か」「なぜ起きるのか」「どうすれば乗り越えられるか」という学習に転換しなければならない。

 私は4年前から、ネットの匿名掲示板の書き込みを引用し、授業をしている。掲示板では佐賀県民に対し、「賀人」という蔑称が使われており、実際に見た子どもたちは「(書き込みをした人は)佐賀に来たことがあるのか」「私たちの何を知っているのか」と不愉快になる。それって、被差別部落の人の気持ちと同じなんです。人の価値が、住んでいる「土地」だけで決められる理不尽を、知識ではなく感覚として分かれば、身近な問題として考えることができる。

 「差別をどう乗り越えるか」については今、被差別部落出身者であることを親から聞かされない子も多い。少子化で被差別部落の子ども自体が減り、一生知らないままで済むかもしれない。でも、結婚のときに初めて差別に直面した場合、絶望は計り知れない。できるだけ早いうちに自分の立場と出合わせて、乗り越えるすべを身に付けてもらうことが、子どもたちを幸せにすると思っている。

 -佐同教では部落差別以外の人権問題にも積極的に取り組んできた。

 いじめも差別の一つであり、いじめを乗り越えるための研究を進めている。性的少数者については近年、相談が寄せられるようになり、県内の支援団体と連携して対応している。障害のある人たちとは交流の機会を多く持ち、「かわいそうな人」「普通じゃない人」というステレオタイプの偏見をなくすことから取り組んでいる。

 神奈川県相模原市の障害者施設殺傷事件については、教育者全員が重い課題として捉えていると思う。容疑者の青年がなぜ障害者を排除する考えを持ってしまったのか。きちんと学ぶ機会があったのか-。全ての子どもたちに、自身が価値ある存在であると自信を持たせられる教育活動をつくり上げる必要がある。

 -マイノリティー(少数者)排除の言葉が公然と語られ、社会がだんだん不寛容になっているように感じる。人権教育がやりにくくなっていないか。

 ニュースでは、差別的な事象や残虐な事件ばかりがクローズアップされるが、私たちの身の回りには、みんなが幸せに生きられる豊かな社会をつくろうとしている人たちがたくさんいる。子どもたちの生き方のモデルになるような人たちとの出会いをできるだけ多く仕込むことが、人と人とが生身で関わることが少なくなっているネット時代の教師の役割だと思う。

 ■まつもと・ひでまさ 1993年、佐賀県教育委員会に小学教諭として採用された。結婚差別の相談を受けたことを機に同和問題に取り組むようになった。2015年度まで、県内の全教職員が会員の「県人権・同和教育研究協議会」の研究局次長を務め、4月から佐賀市同教の研究局長。

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