中国への返還前後、香港に住んでルポしたノンフィクション作家がいる。星野博美さんの『転がる香港に苔(こけ)は生えない』(文春文庫)。庶民の素顔がうかがえるエピソードの数々が面白い◆香港に、共産党との内戦に敗れた国民党の支持者が暮らす村があったことを、この本で知った。「50年不変? それは何かの冗談かい? そんなことありえるわけがない」。返還を前に、その村の住人がもらした言葉である。「一国二制度」をうたい、50年間は社会体制を変えないと中国は約束した。だが村人は、はなから信じていなかった◆それは慧眼(けいがん)だったことになる。英国から香港が返還され、きょうで20年。今、香港入りをしている中国の習近平国家主席は、共産党による支配を強め、香港の自治は揺れている◆言論活動に影が忍び寄り、中国に批判的な人が、行政トップを選ぶ選挙に事実上、立候補できない仕組みができた。「雨傘運動」と呼ばれたデモで若者たちが反発したのが記憶に新しい。自由で開かれているのが魅力だったのに◆返還前に旅した現地では、歓迎と不安の両方の空気が渦巻いていた。台湾を引きつけるための呼び水だった一国二制度だが、手中に収めた香港に漂うのは息苦しさ。これでは台湾もなびかない。香港は輝きを取り戻せないところまできてしまったのだろうか。(章)

このエントリーをはてなブックマークに追加