家族が増えて食卓を囲むことで「独身のころよりも器の大切さを実感するようになった」と話した西郡幸子さん=佐賀市本庄町

西郡幸子さんが佐賀に引っ越す際、「東京のおかあさん」と慕う大家さんから贈られた手作りの平皿

自宅はリフォームした古民家。ちょうず鉢や照明のかさに有田焼を使うなど随所に佐賀を意識している

■大家からの餞別 平皿とともに温かな言葉

 結婚を機に2011年、東京から夫婦とも地縁のない佐賀に移り住みました。生まれて間もなかった長女を含めて3人で住み始めてから、「器に人との縁が凝縮されているなあ」と感じています。

 特に人との縁を感じる器は、私が「東京のおかあさん」と呼ばせてもらっている下宿先の大家さんからもらった土ものの平皿2枚です。この焼き物、佐賀に引っ越す間際に、餞別(せんべつ)として頂いたものでした。「自分で作ったものだけど、よかったら使ってね」と手渡されたとき、別れのつらさに涙がこぼれたことを今でも覚えています。

 18歳のとき、大学進学で広島から上京すると同時に住み始めたので、大家さん夫婦とその娘さんとはずいぶん親しくさせていただきました。絵を描いたり、陶芸教室に通ったり、音楽を奏でたり…、芸術を愛する一家で、そばにいても幸せな環境でしたね。

 卒業後は都内の出版社に就職し、編集者の道を歩むことになりました。住み心地のよかった下宿先から引っ越そうとは、一度も思いませんでした。考えてみたら、結婚する31歳まで約13年間、住んでいたことになります。

 編集者として、さまざまなジャンルに携わる中で、料理特集を手がけることもあり、焼き物とも関わりを持つようになりました。ただ、そのころは、あくまでも仕事の延長でしかありませんでした。

 大家さんから平皿を頂いたとき、私は長女を身ごもっていたので、「これから家族が増え、特に子どもを育てていくには何より食が大切。食事は毎日のことだから、盛りつける器にも気を配って、目でも食事を楽しんでね」と言われました。この言葉を胸に刻み、心がけるようにしています。

 その後、次女や長男を授かり、頂く焼き物も増えました。器を使うたびに贈り主の顔や思い出がよみがえり、幸せな気持ちになります。食卓を豊かに彩ってくれる器の多さで、家族が増えたことへの感謝もかみしめています。

 年々、佐賀の焼き物文化の豊かさに魅せられています。今はフリーエディターとして雑誌や書籍に携わっていますが、今後、佐賀の焼き物に関する企画をぜひ手がけてみたいですね。

 新しく家族が増えるたびに「どんな焼き物をそろえようかな」とわくわくした気持ちで、県内外の窯元を巡る機会が増えました。器がつないでくれた「人」と「佐賀」との縁を、これからも大切にしたいです。

■余録 住まいに有田焼

 西郡幸子さんは結婚式の引き出物を佐賀ゆかりの品でそろえ、有田焼の食器も加えた。「これから住む佐賀の魅力を、これまで私たちを支えてくれた大切な人たちに贈りたくて」。そんな思いで窯元で品定めをする中、改めて白磁の美しさに目を奪われたという。

 最近になって、大正時代に建てられた佐賀市内の古民家を購入。再生を数多く手がける建築家や、腕の立つ棟梁(とうりょう)ら関係者の協力してもらい、当時の雰囲気を生かした住空間にリフォームした。有田焼のちょうず鉢を洗面所に設置し、玄関のランプシェードを白磁にするなど、思い入れが点在する。

 「奇縁をいただいた佐賀のものを何か取り入れたくて」と西郡さん。子どもたちが楽しそうに手を洗う姿を眺めながら、家庭に溶け込む有田焼を見た。

このエントリーをはてなブックマークに追加