旧唐津市体育館に築かれた特設の土俵を囲み、声援を送る観衆=1964年8月の第17回大会

■地域対抗、土俵内外で熱狂

 「会場は立すいの余地もなく、はみ出した人達は会場横の木によじ登って汗を流して応援。本社マイク班は声をからして“危ないです降りてください”とどなりちらし、これまた汗びっしょり」。松浦地区青年相撲の第5回大会を報じる1952(昭和27)年8月25日付の佐賀新聞記事。炎暑の中、唐津神社前の特設土俵には約3千人が押しかけた。大会初期の熱気が伝わる。

 今年、70回目を数える大会は戦後間もない48年に産声を上げた。大正10年ごろに始まった青年団相撲を引き継いで地域対抗戦が復活。娯楽のない時代、外地から復員してきた青年たちも加わり、一気に盛り上がりを見せた。

■予選会で選抜

 58年の11回大会から唐津城近くの市体育館に会場を移すと、そこから佐志が9連覇を果たす。うち6度の優勝に貢献した宮崎晴幸さん(77)は「土俵の雪を払って3月から個人で練習していた。今みたいにほかにするものもなく、青年団のほとんどが相撲をしていて、80人から100人ぐらいで予選会をやっていた」と黄金時代を語る。

 客席も熱狂し、土俵下では後ろから茶碗や弁当がらが飛んできた。「けんかがあると大会をやめさせる、と警察からの警告もあって相撲を見ないで後ろの客席を見ていた」と宮崎さん。試合後、ライバルの湊は佐志を通って地元に帰る。刺激しないように「通り過ぎるまで騒ぐな」と注意されていたという。

 レベルも高く、宮崎さんは松浦相撲で力を磨いた仲間2人と63年の山口国体で団体3位と活躍。松浦相撲が県相撲界に果たしてきた役割は大きい。

■佐志に迫る肥前

 地域や相撲を取り巻く状況が激変しながらも、70年続けられてきた。積み重ねてきた記録の中で、佐志の連続優勝が今年、塗り替えられる可能性がある。肥前が前回大会で9連覇を達成。さらに優勝回数も佐志と肥前はともに27回(肥前は入野の2回も含む)で並んでいる。

 肥前チームをけん引している県トップ選手の川口達磨さん(27)と弾さん(26)の兄弟は「県選手権に比べても松浦相撲は見に来る人がいっぱいで、負ければ地元の人にずっと言われ続ける。プレッシャーはあるけど、小さい頃から見てきたし、うちらの中では大事な伝統の大会」。同世代と体をぶつけながら、今年は先人たちとも向き合うことになる。

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 松浦地区青年相撲は9月3日午前9時から唐津市体育の森公園相撲場で開かれ、70回を迎える。過去や現状を描き、今後を展望する。

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