日本国憲法に「地方自治」が新たに章立てされ、それを実践するための地方自治法と同時施行してから70年。人ならば長寿への敬意といたわりの対象となる「古希」だ。しかし今、地方を取り巻く環境は、人口流出や少子高齢化、財政難などで厳しさを増している。

 戦後民主化の一つの象徴として、都道府県と市町村の決まりや国との関係を示した地方自治法は、何度も改正を重ねて強化されてきた。困難な時代だからこそ、地方にはその制度を使いこなしてもらいたい。

 70年の歩みで特筆すべきは、国から地方に権限を移す地方分権改革と、自治体行政の効率化を図った市町村合併だろう。

 1993年、国会で分権推進が決議され、中央集権を転換する歯車が回り出した。地方側が、既得権益を守ろうとする中央省庁とのせめぎ合いで得た最大の成果は、国が自治体を下部組織として仕事をさせていた「機関委任事務」の廃止だ。

 これにより国と地方は「上下・主従」の関係から「対等・協力」となった。バス停の位置すら国の許可なくずらせないような住民無視の省庁の関与もある程度は減り、自治体の裁量も高まった。

 ただ、改革が十分に生かされているかというと、国と地方の役人同士の「官官分権」にとどまっている感は拭えない。ぜひとも住民サービスに反映させたい。

 市町村合併では、戦後約1万あった市町村を昭和の時代に約3200に、平成で1718にまで集約した。数字の上では結果を出した形だが、合併で役場が遠ざかって地域が衰退し、コミュニティーが崩壊したところも多い。そのほとんどが放置されたままだ。これらの地区では災害時の対応の遅れなども指摘されており、対策を急がねばならない。

 このほか道州制論議や大阪都構想も、利益相反や政治的要因で実現はしていないが、地方制度の在り方に一石を投じた。

 そして現在、地方全体を覆うのは人口減の暗雲だ。2014年に安倍政権が地方創生を宣言する直前、前座で盛り上げるように、市町村の約半数を「消滅可能性自治体」とする日本創成会議の衝撃の試算が公表された。

 積年の人口問題に即効薬はない。だが、座して待つわけにはいかない。政府は国家の礎である地方を切り捨てず、ニーズに応じた存続支援に全力を挙げるべきだ。消滅予想を突き付けられた自治体も、それをはね返す気概で活路を探ってほしい。

 地方議会も問われている。二元代表制の首長と議会は車の両輪に例えられるが、一定の間合いを維持してこその車輪だ。現職議員がこぞって首長与党に走ったり、敵役をつくる劇場型政治で首長と特定会派が対立したりするのは違和感がある。

 いわゆる地域政党は、自然発生的なら好ましいが、首長が率いて多数派を形成しようとするのは、議会に監視機能が求められる二元代表制を台無しにする恐れがある。ローカルを掲げながら虎視眈々(たんたん)と国政を狙うなら自己矛盾だろう。

 節目の年に多くの課題を抱える地方を考えながら、改めて思いをはせるのは、頻繁に取り沙汰される沖縄の米軍普天間飛行場移設と各地の原発再稼働の問題だ。いずれも国策の壁がそびえ、地方自治の主役である住民の思いが届いていないように見えるのは残念である。(佐久間護)

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