三養基郡みやき町綾部にあったとされる綾部城を中心とした九州探題府関連史跡=調査報告書から

分布調査をまとめた調査報告書

 中世から近世にかけての城館跡が、現在の佐賀県域に1千カ所存在することが県教育委員会の調査で分かった。古文書の分析を手掛かりにした15年がかりの分布調査で判明した。研究者は「全国に比べて多い」と指摘し、中世に激戦地だったことが乱立につながったとみている。県教委は、三養基郡みやき町にあった室町時代の重要拠点などの発掘調査を検討している。

 分布調査は、今後の発掘の基礎資料にするため、2002年度から16年度にかけて実施した。「北肥戦史」「神代家伝記」などを基に、鎌倉時代から江戸時代までの有力者の城館跡をリストアップし、空撮写真での地形の確認や地元の人たちに伝わる地名も参考にしながら位置を推定した。

 調査に関わった佐賀大学地域学歴史文化研究センター長の宮武正登教授(54)によると、肥前国や筑前国など一つの旧令制国(りょうせいこく)で、平均で800から1千の城館跡が見られる。肥前国の半分の面積となる現在の佐賀県域で1千カ所は多いという。一つの勢力の傘下に収まらず、九州の激戦地だったことが城館跡の密度の高さにつながり、南北朝時代から室町時代にかけて特に増えたとみている。

 現在のみやき町にあったとされる綾部城を中心とした九州探題府や、小城市に位置した肥前国最大勢力の九州千葉氏の城館は、中国や朝鮮との交易窓口にもなり、「政治や外交で全国的にも重要な場所だった側面もある」と指摘する。

 佐賀平野には、クリークを防衛に生かした「水の城」と言えるものもある。

 宮武教授は「分布調査は、いわば史跡調査のカルテ作り。今後は県教委が中心になって国と交渉し、実像を明らかにする発掘調査を進めてほしい」と話す。

 県教委文化財課は「対象の絞り込みや調査工程を含めて、文化庁と話し合いを始めたばかり。協議をしながら調査や保護につなげていきたい」と話している。

 調査成果発表会は9日午後1時から、佐賀市の佐賀大本庄キャンパス教養教育大講義室で開かれる。参加無料。問い合わせは文化財課、電話0952(25)7232。

このエントリーをはてなブックマークに追加