女性新入社員の過労自殺を巡る違法残業事件で、法人として労働基準法違反の罪に問われた広告大手「電通」の初公判が東京簡裁で開かれた。過労死や過労自殺が後を絶たない中、事件は働き方改革を加速させるきっかけとなり、検察が略式起訴―罰金の手続きを取ったのに対し、簡裁はこれを不相当として正式裁判で審理すると決めた。

 初公判に出廷した電通の山本敏博社長は起訴内容を認め「尊い命が失われたことを心より申し訳なく思う。二度と繰り返さないことが私の最大の責務」と述べた。検察側は電通が労働基準監督署から是正勧告を受けても抜本改革をしなかったとし、罰金50万円を求刑。公判は即日結審した。

 電通事件に背中を押される形で大手企業が相次いで長時間労働の解消に動きだし、政府は臨時国会に向け、残業の上限時間を初めて罰則付きで明記した働き方改革関連法案を「最重要法案」と位置付けた。だが安倍晋三首相が衆院解散の意向を固めたことで法案提出は先送りされ、当初2019年4月施行とされた残業規制導入が遅れる可能性も指摘されている。

 企業の多くは厳しい競争と人手不足にさらされている。「喉元過ぎれば…」にならないかとの懸念の声もある。国と企業は事件を風化させず、働く人の健康と命を守るために改革の手を緩めないことが求められよう。

 電通では1991年にも、入社2年目の男性社員が過労自殺。両親は損害賠償を求める訴訟を起こし、最高裁は00年に「使用者は労働者の心身の健康を損なわないよう注意する義務を負う」との判断を示した。訴訟をきっかけに自殺を労災認定する要件が緩和され、14年には過労死などの防止を国の責務とする過労死防止法が施行された。

 その後も、電通は違法残業で労基署から繰り返し是正勧告を受けていたが、15年12月に新入社員の高橋まつりさんが過労自殺した。うつ病を発症する1カ月前の残業が月105時間だったとして労災認定され、検察は起訴状で電通が高橋さんら社員4人に違法な時間外労働をさせたとした。

 厚生労働省のまとめによると、仕事が原因でうつ病などの精神疾患にかかり、16年度に労災認定されたのは498件。83年度の調査開始以来、最多となり、うち過労自殺は高橋さんのケースも含め84件、過労死は107件を数えた。いずれも高止まりが続いている。

 そうした中、政府は働き方改革関連法案を手掛けた。残業時間の上限を原則「月45時間、年360時間」と定め、繁忙時の例外を「月100時間未満、年720時間」とする。違反した場合の罰則も盛り込む。さらに非正規労働者の待遇を改善するため「同一労働同一賃金」の実現を期す。

 ただ医師や運送業などについては残業規制の適用を猶予。高所得の一部専門職を労働時間規制から除外する高度プロフェッショナル制度の新設や裁量労働制の拡大も法案に一本化する方針だ。

 野党や労働組合は「過労死が増えてしまう」と反発。過労死遺族らは法案提出の先送りに「命に関わる問題を先延ばしにしている」と批判を強めている。一本化によって今後の議論が紛糾すれば、働き方改革全体が滞りかねない。少なくとも残業規制の導入は法案から切り離し、早期実現を目指す方向を考えたい。(共同通信・堤秀司)

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