高校時代のベルギーのスケッチ(1996年)

 中学時代、高校受験が迫ったミヤザキさんは焦っていた。打ち込んだサッカーは小学生からの経験者に埋まらない差を感じ、勉強にも自信がない。周りがスポーツ推薦や学力で高校を決める中、自分に秀でたものを考えていた。小学生のころ、ポスターコンクールで県知事賞を取っていて、「絵」はまだ突き詰めていない分野だった。サラリーマンになる気もなく、平凡から抜け出すためにも、佐賀北高芸術コースの門をたたく。

 入ったはいいが、同級生の絵や5年上で同校を卒業した画家・池田学さん=多久市出身=の高校時代の絵に比べると自信が持てなかった。それでも絵は自分で決めた道。大学受験が迫ると、絵描きになるのを初めて意識し、絵で成功するにはパリの大学に行くしかないと考えた。「自分でもバカだったと思います」と苦笑いのミヤザキさん。親はフランス行きをもちろん却下。それでも芸術の都へ旅立つ気でいる息子のため、とりあえずベルギーに住むいとこのもとへ行かせることにした。

 高3前の春休み、ベルギーの首都、ブリュッセルで2週間を過ごした。自信がなく、これまで絵を見せるのをどこか恥ずかしいと思ってきたが、ヨーロッパらしいレンガ造りの街並みをスケッチし、道端で販売した。道行く人からジロジロ見られて嫌だったが、「絵描きになるための一回きりのチャンス。がんばれ!」と自分を鼓舞した。

 いとこの家ではミヤザキさん以外あまり日本語が話せず、家族とぎくしゃくしていた。帰国の2日前、描きためた絵を家族に見せると感銘を受けた様子で、つたない英語で懸命に絵の説明をすると熱心に聞いてくれた。「絵でコミュニケーションが取れた」。初めて絵で人から認められたような感覚。帰国後、自分の絵を恥ずかしいとは思わなくなった。

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