俳優の故・池部良(いけべりょう)さんにサンマを書いた随筆がある。来年は中学という時に、江戸っ子を自認する父親が「昔で言やあ、元服する年だ。となりゃあ、大人の食うものを食わしてやってもいいと思ってる」と言い出し、サンマのお頭つきが食卓に出てきた◆「東京育ちの人間にとって肩肘(かたひじ)を張らねえで食える魚ってのは秋刀魚(さんま)しかねえわけだ。物怖(ものお)じしねえで気楽に腸(はらわた)まで食えるなんて粋じゃねえか」と父親の講釈は続く。それからは大学を卒業し軍隊に入るまでの毎年、秋になると焼いたサンマが卓袱台(ちゃぶだい)に途切れることはなかったという。自著『天丼 はまぐり 鮨 ぎょうざ』に書いている◆江戸初期に始まったサンマ漁は、中期ごろには、もう江戸っ子の味になった。今、佐賀の店先にも北海道産が並ぶ。スダチをぎゅっと搾り塩焼きにして?張ったが、日本人に生まれてよかったとしみじみ思う瞬間である◆しかし、走りとはいえ今年も高級だ。記録的な不漁だった昨年に比べると、まずまずの出足というが、食卓に連続登板とはいかない。サンマだけではない。サバもごっそり中国などに持って行かれている◆健康にいいと青魚を好み始めていて、海の魚たちも逃げ場があるまい。江戸から続く食文化の焼きサンマ。資源確保に本腰を入れ、ジュージューと立ち上る煙を守りたいものだ。(章)

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