「生き生きとした絵にするため、力強さや柔らかさなど何種類もの線を描き分ける」と話す井上雄二さん

32歳で入った柿右衛門窯で上絵付けをする井上雄二さん。同僚たちと黙々と作業を進める=有田町の柿右衛門窯

■「大胆さ」胸に 道具は自作

 柿右衛門窯で上絵を描き始めたのは32歳。それまでは15歳で入社した別の有田焼窯元で、青一色で表現する下絵付けをしていた。初めての上絵の世界は、絵の具の調合の仕方や、描く絵の種類の多様さに戸惑うことも多かった。

 上絵と下絵では生地が絵の具を吸い込む速さが違うなど、これまでの経験が生きないこともあった。筆の動かし方から教えてもらった。「うまくいかないこともあったけど、つらいとは思わなかった」と振り返る。

 32歳の「新人」を支えたのは、表情のある線や余白の生かし方、美しい色合いなど柿右衛門窯作品の魅力だった。

 父は上絵付けの職人、叔父も伝統工芸士と幼いころから焼き物の世界は身近だった。いくつも見てきた有田焼の中で、柿右衛門窯は別格と感じていた。「いつかは柿右衛門窯で仕事したいと思っていた」と話す。

 上絵付けのおもしろさと難しさは「線の強弱やバランスなどわずかな違いで生き生きとした表現になること」。柿右衛門窯に入ってすぐ、ベテランが「ここをもう少し」と、ちょっと手直ししただけで、見違えるような出来になったことは忘れられない。職人技に圧倒されると同時に「いつかは自分も」と心に誓った。

 仕事で心掛けるのは「大胆さ」。先代の十四代酒井田柿右衛門さんから「もっと思い切りよく」と幾度かいわれたことを思い起こす。「足りないところを指摘してもらった。力強さが必要なところでは、勢いのある線をと、自分に言い聞かせている」と、先代の教えを胸に刻む。

 もう一つは「集中すること」。仕事机に並ぶ絵の具をすりつぶす乳棒や鉢に付いた絵の具をかき落とすへら、筆入れなどの道具は自作した。ベストコンディションで器に向かうため「自分に合わせた使いやすい物でないと、気になることがある」と、下準備から気を抜かない。

 休日は美術館などを巡ることも多い。焼き物に限らず絵画もじっくりと見てまわり、筆の運びなどを確かめる。「『職人の目』を養うには、ずっと勉強していくしかないから」。窯に入ったとき、はるかに上に見えた先輩たちに追いつくため、これからも努力を続けていく。

■プロフィール

 いのうえ・ゆうじ 1956年旧西有田町生まれ。73年、有田工高定時制デザイン科卒。88年に柿右衛門窯入窯。95年伝統工芸士(上絵付け)認定。自宅は有田町黒川。

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