神原玄應住職=三養基郡基山町の大興善寺

約5万本のツツジが境内を彩る大興善寺。壮大な眺めに観光客は「ツツジの壁ですね」と感嘆の声を上げていた=2014年5月2日、三養基郡基山町

■ツツジに加え、紅葉や「恋人の聖地」も

 色づく前のモミジの葉が風に揺られてサワサワと音を立てる。残暑が厳しい9月の中旬でも、厳かな雰囲気が漂う境内は、陽光が木々に遮られひんやりと涼しい。“看板猫”のモモも優雅な足取りで歩いている。「つつじ寺」。この愛称で親しまれている基山町の大興善寺は、今年開創1300年を迎えた県内で最も歴史ある寺の一つだ。

 寺の起源は717(養老元)年、僧・行基が霊域であったこの地域を訪れ、十一面観世音菩薩を彫って本尊として安置したことだといわれている。平安時代に火災で建物が燃えたが本尊は無事で、その12年後の847年、慈覚大師円仁和尚が大興善寺と命名して比叡山の末寺、天台宗となった。所蔵する多聞天、広目天像は、国宝に指定されている。

 つつじ寺として親しまれるようになったのは、現住職の神原玄應さん(81)の父・玄祐さんが1923年に裏山の一角を整備したことがきっかけだった。その後も周辺の土地を購入してつつじ園の拡張を続け、現在は約7万5千平方メートルの敷地内に5万本のツツジが植栽されている。

 なぜ玄祐さんはつつじ園を開園したのか。玄應さんは「元々は檀家(だんか)が30軒ほどしかない寺だった。素晴らしい歴史があっても、誰も寄りつかなくなったら埋もれてしまう。人を呼び込むことでスポットを当て、皆さんに寺の伝統を知らしめたいという思いがあったのでは」と父の思いを推し量る。

 観光ブームやマイカーを持つ世帯の増加を背景に、大興善寺は県内有数の名所となり、最盛期は6万人がツツジ見物に訪れた。民営化されたばかりのJRも臨時ダイヤを組んで特別列車を運行するほどの盛況ぶりだった。

 玄應さんが「古い寺だが、新しい感覚で時代のニーズに応えていきたい」と語るように、寺は新しい挑戦を続けている。寺の四季を切り取ったフォトコンテストを開いたり、寺が位置する「契山(ちぎりやま)」の伝説を生かし2012年には「恋人の聖地」の登録も受けた。

 2000年からはモミジも全面に押しだし、夜間のライトアップを実施している。幻想的な光景が写真映えすることから、写真共有アプリ「インスタグラム」などを愛用している若い女性など新たなファン層も獲得。シーズンごとの入場者数は今や秋のモミジが春のツツジを上回る。さらに今年はライトアップを設計会社に依頼し、契山の伝説になぞらえ、物語性を持たせた構成にリニューアルするという。

 23年前に寺に嫁いだ神原史子さん(49)は「中国、台湾、韓国、タイなど海外から訪れる人も増えている」とインバウンドの影響を肌で感じている。「ツツジやモミジを見るより、寺の歴史や地域の神話を詳しく聞きたいという人も増える。寺だけでは難しいので、歴史を学んだ観光ボランティアさんたちと手を取っていければ」。伝統の中に新しさや需要を見いだす取り組みが、寺を照らす光になると信じている。

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