福岡県太宰府市の榎社境内で見つかった掘っ立て柱建物跡

 福岡県太宰府市の榎社(えのきしゃ)境内で、平安時代前期(9世紀後半~10世紀初め)の掘っ立て柱建物跡が見つかり、市教育委員会がこのほど発表した。文献の記述などから、学問の神様として知られる菅原道真が京都から左遷され、大宰府で過ごした官舎「南館(なんかん)」の一部とみられる。

 右大臣の要職にあった道真は、左大臣藤原時平の政略によって901年に大宰権帥(だざいのごんのそち)として左遷され、失意のうちに903年に死去したとされる。道真の時期と重なる遺構が確認されるのは初。

 見つかったのは東西5・8メートル、南北2・8メートル以上の柱穴列で、大宰府条坊の中心部から出土。政庁に通じる朱雀( すざく )大路に面し、通りの西側の「右郭」と呼ばれるエリアに位置していた。瓦の出土量が極めて少なく、屋根は茅や板がふかれていたとみられる。

 道真が大宰府での2年間をつづった漢詩集「菅家後集(かんけこうしゅう)」には、南館についてかやぶき屋根とみられる「草堂」や「右郭」との記述があり、市教委は「これを裏付ける発見」としている。

 南館は敷地内に複数の建物があったとされ、今回の建物跡は南東寄りで見つかった。市教委は道真の居宅など中心施設ではなく、家政を担う場所と推測している。建物はその後取り壊され、新たに掘られた雨落ち溝からは11枚の坏(つき)を入れたかめが出土。建て替えの際、祭祀(さいし)に使った可能性があるという。【共同】

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