栗山耕二さん

「おかげさま」

■感謝忘れず地域へ恩返し

 私は神埼市の櫛田神社の敷地内で創業100年以上になる割烹(かっぽう)店を営んでいる。懐石料理、鉢盛りなど作っているが、親父が死んで売り上げが減った。考えてみれば、ほとんどが親父の常連さん。どこにでも顔を出し人脈を広げ、地域に愛された親父の功績だった。

 このままではいけない。そう考えた私は青年部活動に参加するようになった。小学生を対象にした放課後教室ドリームパークでは、「光る泥だんご作り」「左官屋さんと作る本格手形」「おいしい緑茶のいれ方」など毎年、さまざまな活動を行っていた。

 私は「子どもたちと一緒に料理をしたい」と提案し、話し合いの結果、「日本料理入門」で私が講師となり、みそ汁と卵焼きを作ってもらうことになった。

 子どもたちは当日、なれない料理に悪戦苦闘していたが、極力手を貸さないと決めた。家の人が作ってくれる料理を当たり前と思わず、感謝の気持ちを持ってくれればと願いながら見守った。イベントは成功し、やり遂げた満足感でいっぱいになった。

 地域の行事に積極的に参加することが商売につながる。親父がそうだったように、これが商売人なのだと実感した。

 その年の総会の懇親会がうちの店であり、お開きの後、先輩に呼び止められた。「最近どがんね」と聞かれ、「ぼちぼちですね」と答えた。先輩は「商売人はどんな時も『おかげさまで』と言わんば。おかげさまという感謝の気持ちを忘れないように」とアドバイスしてくれた。

 自分は頑張っているという思いばかりで、周りに感謝する気持ちを忘れていた。先輩は「親父さんから電話があって、『あいつに俺の代わりに言ってやってくれんか』とお願いされた」と言った。涙が出そうになった。考えてみれば、お店の経営、青年部活動、ドリームパーク、そのすべてが「おかげさま」だった。

 「咲いた花見て喜ぶならば、咲かせた根元の恩を知れ」-。咲いた花が私ならば、根元は今は亡き父であり、支えてくれる周りの人たちだ。自分一人の力でここにあるのではなく、「おかげさま」の気持ちを忘れずに、今度は自分が家族や地域の人たちの根っこになり、誰かを支える存在になりたい。それが親父や支えてくれたみんなへの恩返しになると信じている。

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