「相手を思いやり、健康でここまで来られた」と50年を振り返る迎夫妻=鹿島市高津原の自宅

結婚式当日に撮影した思い出の一枚=1966年10月、鹿島市高津原の公民館

■地域の交流大切に

 鹿島市高津原の迎雅〓(王ヘンに當)嗣(まさとし)さん(75)とクニ子さん(73)夫妻の共通点は「人のお世話が好き」なこと。地域との交流を大切にし、外国人留学生をもてなしたりして幅広い交友関係を築いてきた。相手を思いやり、健康に過ごせた半世紀を「早かった」と振り返る。

 出会いは、1966年5月頃にしたお見合い。元軍人で大工の父らと暮らしていたまさとしさんは、保母をしていたクニ子さんの柔らかい人柄に「厳格な父とも一緒に暮らせそう」と見込み、10月に結婚した。

 お互いに仕事を持ち、休みなく働いた。3人の娘が生まれると、まさとしさんの父母や親戚一同でかわいがった。仕事で帰りが遅いまさとしさんのことを、クニ子さんがユーモアを交えて「酒飲みを いつ帰るかと 星に聞く」と川柳に詠んだこともあった。

 「家族はみんな人をもてなすことが好きで、荷にならない」と夫妻。鹿島の一大イベント「鹿島ガタリンピック」の前日は、参加する外国人留学生が市民の自宅に分かれて宿泊し、迎さん宅も15年以上にわたり受け入れている。夜はクニ子さんや娘らが料理に腕を振るい、留学生にも自国の料理を一品作ってもらい、交流を深めてきた。

 ロータリークラブ会員が外国人留学生を支援する事業にも一役買い、ベトナムやブラジルからの留学生を自宅に受け入れてきた。次々と舞い込む依頼をまさとしさんが引き受けるのも、一緒にやりがいを見いだし、楽しんでくれるクニ子さんがいる安心感からだ。

 まさとしさんは佐賀西信用組合(鹿島市)を退職した後、2009年から障害者支援施設「鹿島療育園」(同)の施設長を務めている。施設にはさまざまなボランティアが訪れるほか、若者の実習や施設見学者が増え、留学生が利用者と交流する機会もできた。

 寄り添って半世紀。「50年と言うと普通は苦労話になるけど、我が家は大きな病気や事故もなく、本当に早かった」とまさとしさん。クニ子さんも「相手を思いやり、けんかもほとんどしなかった」と振り返る。2人は「これからも地域の付き合いを大切にし、お互いに健康で楽しく過ごしたい」と話している。

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