小城藩と山挽祗園の関係を講演する小城郷土史研究会の岩松要輔会長=小城市小城町の「ゆめぷらっと」

■小城市でシンポジウム

 22、23日に須賀神社一帯である「小城山挽祗園(やまひきぎおん)」と小城藩の関係性を考えるシンポジウムが1日、小城市小城町の交流施設「ゆめぷらっと小城」であった。今年で701年目を迎える山挽祗園について、400年前に鍋島家が小城藩を築いて以降の祭りの変遷をひもとき、会場に集まった市民らは“小京都”恒例の夏祭りの将来に向けて考えを巡らせた。

 基調講演では小城郷土史研究会の岩松要輔会長が「小城藩と祗園山挽」との演目で、江戸時代の祭りの様子を詳しく説明。

 岩松会長は「鎌倉時代から続く山挽祗園は、当初、小城に住み始めた鍋島家の武士たちは『廃止すべき』との意見が多かった」と話し、「小城に10年ほど住んだことのある佐賀藩祖の鍋島直茂が『将来役立つことがある』と継続を主張した」と紹介。実際、現在も挽かれる竹のやぐらを組んだ曳山(ひきやま)をヒントに、島原の乱では造成した高台に大砲を据え、一揆軍を攻撃した歴史の一コマを話した。

 このほか、「今に連なる山挽き祗園の伝統」とのテーマで、佐賀城本丸歴史館の古川英文副館長や小城中生徒役員が参加したパネルディスカッションもあった。

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