自費で寒鶯亭の上がり框を補修した永井忠さん=多久市多久町

元の素材を生かし、補修された寒鶯亭の柱。左は100年近く風雨にさらされて朽ち始め、シロアリ被害も見られた柱=多久市多久町

 炭鉱王・高取伊好(これよし)が大正時代に寄贈した歴史的建造物「寒鶯(かんおう)亭」(多久市多久町)の上がり框(かまち)が長年の風雨で傷みが激しくなり、近くの建築業永井忠さん(77)が自費で補修した。建物は国登録有形文化財や県遺産に指定されており、県や市との手続きを経ながら工事を終えた永井さんは「いまだ地域の集会に使われる現役の建物。地元の偉人が贈ってくれた宝物で、(けがするなど)地域住民にもしものことがあったらいけなかった」と胸をなで下ろしている。

 寒鶯亭は1922(大正11)年、れんが建ての図書館や西渓公園とともに村の公会堂として建設された。瓦(かわら)の葺(ふ)き替え以外、本格的な改修工事はなく、当時のままの姿を残している。

 今春、地区の高齢者の集まりで使用したところ、階段の上がり框の板がたわみ、床を踏み抜く危険性が出てきた。永井さんらが調べたところ、板は朽廃が進みシロアリも確認された。

 永井さんは半世紀以上前、寒鶯亭であった成人式に出席し、さらに実父で大工だった十一さんが建築に携わるなど、寒鶯亭とは幼少時から強い結びつきがある。「このまま見過ごせば、老朽化を理由に将来は取り壊される可能性もある」と考え、市に「自らの手で工事をしたい」と申し出た。

 建物は文化財指定もあり、県からは「現在に残る資材を生かした改修を」という厳しい条件のもと6月から約1カ月をかけ、地元の建築仲間と一緒に工事を進めた。朽ちた板を一枚ずつ行政関係者に見せながら、同じ材質の新しい資材を慎重に選び張り替えた。

 板の色以外は、以前の構えと変わりなく、永井さんは「長い年月がたてば、改修した木材の色も周囲ととけ込んでいく」と語る。「改修箇所以外にも、傷みが激しい所がある。地元の偉人の贈り物を後の世代に使ってもらうためにも、命のある限り自分の手で何とかしたい」と話している。

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