黒豆、お煮しめ、なます、刺し身、タイの塩焼きなど、正月料理を盛り付ける器の数々。昔から小池家にあるものを大切に使い続けている

「器に恵まれているから料理が楽しい」と話す小池範江さん(左)。右は夫の正博さん=武雄市武雄町

器のひび割れや欠けた箇所は、金継ぎや銀継ぎで補修している

■明治、昭和の大皿 おせち、茶席多様な姿

 黒豆は赤絵の深鉢に、鳳凰(ほうおう)紋に青海波の大皿には大ダイの塩焼き、花鳥紋の大深鉢には小ダイの南蛮漬け…。うちのお正月の食卓はお重と一緒に大きな皿や鉢に盛られたおせち料理が並びます。使うのは夫の家に伝わる器たち。色絵や染付など明治時代ぐらいのものが多く、「小池家の正月」を演出してくれます。

 年末に里帰りした際、義母がさりげなく器を使っている姿を見て、自然に「この料理はこの器」と覚えました。著名作家の器というわけではありません。家にあるものを自然に普段使いしている感じです。取り皿や小鉢も昔の器が多く、カズノコやごまめなどの縁起物は重ね鉢を使います。

 器は大きな役割を担います。器に恵まれた料理は見栄えがするし、盛りつけ方で料理の格が上がるようです。

 武雄に住み、私がおせちを担うようになって15年近くなりますが、使う器も少し変わりました。料理づくりと同じように、器選びも楽しい。

 大切な器でもしまわず、折々のもてなしなどに気軽に使っています。菓子や果物を盛ったり、額皿にしたり。お茶のお稽古が雨になれば、つくばい(庭に備えてある手水鉢(ちょうずばち))の代わりに内つくばいとして大鉢に水を満たして使います。

 器が似合うのは料理だけではありません。さまざまな場所でさまざまな姿を見せてくれます。まさに「一器多用」です。

 昔の器には、歴史や由来を知る面白さもあります。お茶会で水指に見立てる鉢を専門知識のある方に見てもらったことがあります。茶席でどんな器かを説明するためです。鉢の深い群青色を「明治初期に輸入された呉須(ごす)(染付の器に使う顔料)を使っている」と教えてくださり、江戸時代からの製法で二重高台という言葉があるのを知りました。大皿の銘にある「有55」を「これは戦時中の統制品として作られたもの」という説明も受けました。家族も知らなかった歴史を知ることができ、器への思い入れも深まりました。

 家に代々伝わる器があるって、楽しいことだと思います。お正月や行事ごとでは、その家ならでは風景をつくってくれる。歴史やエピソードを持っているから話題も広がり、思い出も持っている。これからも存分に生かしたいと思います。

■余録 公定価格の名残

 小池さんが所有する大皿の裏側に、四角の枠の中に記されていた「有55」と「青」の文字は、第2次世界大戦中から戦後にかけて「公定価格品」として売られた焼き物であることを示すという。

 有田町歴史民俗資料館の尾崎葉子館長によると、1940(昭和15)年から46(昭和21)年にかけて国が焼き物の販売価格を統制することがあった。国が決めた価格で販売する焼き物は「有◯」など有田の「有」と、企業(窯元)ごとに決められた「統制番号」を記していた。有田で確認されている番号は3から115までの間で29個あるという。

 小池さんの皿にある「青」は、故青木龍山氏の祖父らが経営した「青木兄弟(けいてい)商会」が制作したことを示す。普通は統制番号だけが多く、製作者が分かる字まで記されているケースは少ないという。

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