ニューヨーク同時多発テロで崩壊したビルの跡地「グラウンド・ゼロ」の追悼施設で、小さな折り鶴を見たことがある。キャラメルの包み紙のような頼りない紙。ガラスケースには日本語と英語で「サダコの折り鶴、広島市、1955年」とだけ◆「千羽折れば願いがかなう」-。それは2歳の時に広島で被爆し、白血病のために12歳で亡くなった佐々木禎子さんが折った1羽だった。兄の佐々木雅弘さんの著書『禎子の千羽鶴』(学研)で、あめや薬の包み紙、レントゲンのフィルムを包む銀紙など、あらゆる紙を使っていたと知った◆禎子さんのエピソードは米国では学校の副教材にも用いられているという。2001年のニューヨークに、時を超えてヒロシマから届いた小さな折り鶴は、悲劇に打ちのめされた人々を慰めたに違いない◆今年5月、広島を訪れたオバマ大統領も、自ら折った4羽の鶴を携えてきた。「共に、平和を広め核兵器のない世界を追求する勇気を持ちましょう」。そのうちの1羽が今月から、長崎市の原爆資料館で公開されている◆オバマ氏の鶴は、広島市と長崎市が10月にシカゴで開く原爆展にも並ぶ。容体が悪化した禎子さんは寝たままで、指先が動きにくくなると針の先を使って折った。鶴に込めた少女の願いは「核なき世界」の理想とともに世界に広がる。(史)

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