県執行部と議員との質疑のやりとりを3日間、聞きながら胸の内にある「もやもや感」の理由を考えた。「一般質問のやりとりってこんなに淡泊だったか」。6年ぶりに県政取材の現場に戻って、議場の空気に張り詰めたものがあまり感じられず、違和感を覚えた。

 確かに居眠りをしたり、手帳を繰って質疑が耳に入っていないような議員の姿は以前も見られた。それでも緊張感が伝わってきたのは、迫力を伴った質疑があったからだと思う。再質問での食い下がり方は、一定の答弁を引き出すことへの執念を感じさせることもあった。今議会ではそんな姿は見られず、再々質問は数人程度だった。

 迫力をまとった質問には、その背景に切実な現場の声がある。日々のつき合いや会合などで耳にする声をつまみ食いして質問に盛り込んだとしても、聞く側には真に迫ったものとして伝わらない。日々の議員活動の質が質問に投影されるといっていい。

 山口祥義知事は現場主義を掲げるが、地域代表の議員の方がより現場に近い存在のはずだ。議会がリードしてこそ、より県民に寄り添った県政が期待できる。議員の現場主義が問われている。(梶原幸司)=2016年9月県議会=

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