きょう22日は「秋分の日」。この日を挟んで前後各3日を合わせた「秋の彼岸」には、先祖の墓参りをする家庭も多い。急激な高齢化による「多死社会」を迎えつつあるいま、葬儀の在り方や墓の管理などについて、いつも以上に話題になる時期でもある。最近は、「0(ゼロ)葬」といって、遺骨すら引き取らないこともあるという。遺骨もなければ、墓もない。そういう時代がやってくるとは想像しにくいが、多様な考え方が広がっているのは間違いない。

 人生の終わりに向けて、葬儀などについて準備する「終活」がシニアの間で大きな関心事になっている。ある終活ノートを開くと、「希望する葬儀」の内容を記載するページがある。葬儀の形式は「一般的なもの」か「家族葬」か「火葬のみ」か「生前葬」か。戒名(法名)は「立派に」か「普通に」か「不要」か。葬儀後、墓はどうするのか。掲載された回答の選択肢の中には「墓はいらない」「散骨希望」という項目もあった。

 高齢化や経済的要因、故人に家族がいないなど、さまざまな理由から、それに合った葬儀のスタイルが求められるようになった。身内だけで葬儀を行う「家族葬」のほかにも、宗教者を呼ばず、通夜や葬儀といった儀式をせずに火葬だけを行う「直葬(ちょくそう)」も選択肢のひとつになりつつある。

 小規模の葬送を専門とした「福岡直葬センター」(福岡市)は開設して5年になるが、年々直葬が増え、現在は年間で扱う約300件の葬送のうち、直葬が半数を占めるという。「(費用面などで)子どもに迷惑をかけたくない」との終活者の相談も多い。ただ、「送った後の納骨先を考えていない人がほとんど」(同センター)のため、「納骨先をどうするのか、菩提(ぼだい)寺で納骨する予定で直葬する場合は、申し込みの時点で寺へ確認をしてもらっている」という。

 「0葬」は、火葬後に遺骨を引き取らないもので、宗教学者の島田裕巳氏が提唱した。佐賀県内を含めた西日本の地域では、現在でも遺骨の一部を引き取るだけで、残りは火葬場で処分される場合がある。前述の直葬センターでも、宗教的な理由や遺骨の引取先がない場合の「0葬」が年に数例あるという。

 こうしたさまざまな葬送の在り方が話題になった背景には、地域社会や、核家族化による家族関係の変化に伴って、寺とのつきあい、檀家(だんか)制度といったものに縁遠くなっている実態もある。葬儀の簡略化といった時代の流れには、寺自体も危機感を募らせている。

 では、理想の送られ方とはどのようなものだろうか。本人が家族葬を希望していても、家族は一般的な葬儀を望むケースもある。お悔やみを述べたいという人に、断らざるをえなくなった時の遺族の気持ちの負担も大きいだろう。

 多様な葬送の在り方が論議されている今、終活ノートの項目にもあるように、「どんな形で送られたいのか」という気持ちと同時に、残された人が、どんな送り方を望むのか。双方が事前に互いの意向を話し合っておくことが肝要だろう。「命」や「死」を感じ取れる機会でもある葬送について、悔いのない形を日頃から共有しておきたい。(丸田康循)

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