支援団体の結成式で、真相究明や障害者が安心して暮らせる社会づくりを進めていくことを確認した出席者=2008年3月15日、佐賀市

在りし日の安永健太さん。足が速く、学校の運動会でも躍動した

 佐賀市の知的障害者の安永健太さん(当時25歳)が警察官に取り押さえられた直後に死亡した問題で、遺族とともに真相究明を求めてきた支援団体が22日、解散する。裁判が全て終了し、活動の区切りとする。25日の命日を前に安永さんの墓前で報告し、「無念の死を忘れず、二度と事件を繰り返させない」と9年の軌跡を胸に刻む。

 安永さんは2007年9月25日、自転車に乗っていて、停止を求めた警察官の手が肩に触れたのに驚いて抵抗した際に取り押さえられ、搬送先の病院で死亡した。発生直後から遺族を支えてきた障害者施設の関係者らは翌08年3月、「安永健太さんの死亡事件を考える会」を発足させた。

 警察官5人がかりでの取り押さえ。後ろ手にかけられた手錠。遺体に残った傷…。現場の状況と、「保護行為」と説明する県警の捉え方とのギャップに、遺族だけでなく、考える会の賛同者も不信感を募らせた。司法の場で真相を明らかにするために刑事裁判を求める署名を呼び掛け、全国から11万人分を集めて裁判所に提出した。警察官への不起訴処分に対し、0・07%の「狭き門」とされる付審判請求が認められ、刑事裁判を実現させた。

 「パニック時の対応など障害に対する無理解も事件で突き付けられた。障害者や家族、福祉関係者にとって、ひとごとではなかった」。考える会の鳥越景行事務局長はこう振り返る。

 裁判は刑事、民事ともに最高裁まで進み、今年7月まで続いた。安永さんの父親の孝行さん(55)は「多くの支援に勇気づけられたからこそ、長い裁判を乗り越えられた。障害者が地域で安心して暮らせる運動を絶やさないように恩返しをしたい」と感謝する。

 裁判は無罪や請求棄却の結論となり、真相究明の願いはかなわなかった。ただ、遺族や考える会の思いに応える形で、警察に対して障害者の特性に理解を深めるように求める判決もあった。司法の場を通じ、共生の在り方が社会の側に問い掛けられてきた。

 関係者は22日、安永さんの墓前で解散を報告する。村上三代代表世話人は語る。「無念さや怒りは9年前と変わっていない。組織はなくなっても、誰もが考えていく問題として語り継いでいく」

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