作家遠藤周作の代表作『沈黙』はキリスト教禁教時代の長崎での物語だ。奉行所に捕らえられた司祭ロドリゴが、銅板のイエスを踏むよう迫られる場面で佳境を迎える。「踏むがいい。お前の足の痛さをこの私が一番よく知っている」-。踏み絵に足をかけ「転ぶ」刹那、「銅板のあの人」がそう語りかける◆転んだ者たち、棄教者の苦しみに寄り添い、「許しの神」の存在を示したこの小説は大きな反響を呼んだ。きのう20回目の命日を迎えた遠藤のテーマは「弱き者に救いはあるか」という問いである。繰り返し裏切る人をも見捨てることのない慈母の愛を神に求めようとした◆初めはカトリックに導いた母親、後に夫人。遠藤を支えたのは母性である。彼の人生履歴が投影し、その核となる「許しの思想」は東洋的な慈悲をも包含する。最晩年の傑作『深い河』は、日本の風土の中でのキリスト教信仰を考え続けてきた遠藤の到達点だろう◆『沈黙』刊行から50年を記念する企画展が、長崎市外海(そとめ)地区の遠藤周作文学館で開かれている(2018年5月まで)。『沈黙』の草稿(複製)、創作ノートなどが並ぶ◆文学館の建つこの地は角力灘(すもうなだ)を望み、夕日の美しさで知られ『沈黙』の舞台となった。生きる苦しさを持ち合わせた遠藤も、神々しいまでの斜陽に包まれ、癒やされただろうか。(章)

このエントリーをはてなブックマークに追加