ことし1年を通し毎週日曜日に掲載してきた年間企画「伝える 訴える」が、きのう25日付の第50回で終了した。共同通信の記者が現場に足を運び、丹念に当事者の声を拾い上げた力作で、熱心に読んでいただいた読者も多かったに違いない。なりふり構わぬ大国の論理。それによって犠牲を強いられる市民。混迷を深める世界各地からのルポは胸に迫った。

 その混迷の象徴がシリア内戦だ。国連の潘基文(バンキムン)事務総長の引退会見での苦渋に満ちた表情は忘れられない。アサド政権軍が制圧したシリア北部アレッポという町の現状について「地獄と同じだ」と形容し、「われわれはシリアの人々を見捨ててしまった」と無念の言葉を残した。

 シリアでは市民への虐殺、化学兵器の使用の可能性が報じられた。「伝える 訴える」でも、対テロ戦争名目で、トルコ治安部隊に殺害された少数民族クルド人の家族の声が伝えられた(第32回~34回「対テロ戦争のはざまで」)。目の前で息子を殺され「私はもう死んだのです」と、うつろな表情を見せる母親の写真を覚えている読者もいるだろう。

 このクルド人への弾圧と同様のことが、アレッポで起きているのではないか。逃げ惑う市民に銃口が向けられているのではないか。ニュースが入るたびに、ルポで伝えられたクルド人の惨状が重なった。19日には、ロシア大使が撃たれ死亡した。アサド政権を支援するロシアへの反発、アレッポ制圧作戦で多数の民間人が犠牲になったことへの抗議の可能性もあるという。

 シリアを巡っては、連載の第10回「写真の力」で、世界中に配信された「浜辺に漂着した男児」の写真を撮った記者が取り上げられた。キャリア10年のトルコの女性記者デミルさんで、不在だった先輩記者の代わりに現場に出向き、浜辺に流れ着いたシリア難民アラン君の遺体を撮影したのだった。

 夢中でシャッターを切ったという写真は、難民や移民問題を世界に問うきっかけになった。移民の受け入れにはドイツのメルケル首相が力をふるったが、その後は、自国第一主義的な動きが広がっている。地中海を渡る途中で死亡した難民や移民はその後も後を絶たず、今年に入ってから5000人に達したと国連が明らかにした。

 「伝える 訴える」では、新聞の役割の一端を示した事例もある。第48回の「新聞が消えた町で」は、地元新聞が廃刊を余儀なくされた米カリフォルニア州の市で、市幹部が給与を10倍近く膨らませて、オバマ大統領の2倍の年間6400万円になっていた事実を取り上げた。警察署長や市議会議員の給与を増額させ、口を封じていた。監視不在と不正の横行。長い間、取材する記者がおらず、ロサンゼルス・タイムズ紙のベテラン記者が特ダネとして報じるまで、誰も気づかなかったという。

 現場を丹念に歩き、そこにある声を地道に取り上げ、発信していく。「伝える 訴える」は、その作業こそが新聞の役割なのだということを改めて示した。来年の本紙の基調テーマは「新時代を描く 混迷から希望へ」。希望を見いだせるような社会をどう実現していくのか、そのための新聞のあるべき姿をこれからも見つめていきたい。     (丸田 康循)

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