「コンテストに入選したことで、あの日の青年がどこかで読んで、『ありがとう』という声が届けば」と話す石原さん=基山町

■陣痛の母の恩人 配達員へ感謝の思い

 日本新聞協会が募集した「新聞配達に関するエッセーコンテスト」で、基山町の会社員石原和江さん(51)の「病院に送り届けてくれた青年」が入選した。自身が生まれた時に母を助けてくれた新聞配達員のエピソードを紹介し、「どこかでその方に読んでいただき、『ありがとう』という声が届けばうれしい」と受賞を喜ぶ。

 新聞配達や新聞販売所に関する自身の体験などを400字程度にまとめた作品が対象で、23回目。今回は3280編が寄せられた。「小学生」「中・高校生」「大学生・社会人」の3部門で審査の結果、最優秀賞、審査員特別賞、優秀賞、入選計30点が選ばれた。

 県内からの入賞はただ1人。エピソードは大阪での出来事で「初産の母が、寒さや痛み、暗闇に不安を感じていた時に、青年が救ってくれた」と石原さん。「いつか世に出したいと思っていた」ところに、新聞で募集記事を読んで迷わず応募した。「母が生きていたらどんなに喜んだか」。近々沖縄へ墓参りし、母と自分を救ってくれた青年への“恩返し”を報告するつもりだ。(大橋諒)

【エッセー全文】病院に送り届けてくれた青年

 夜明け前、下腹部に痛みを感じて目が覚めた。用意しておいた入院用のバッグを抱え、まだ暗い通りへ出る。病院までは2キロ弱。陣痛の合間を縫って歩けば、余裕で到着することは何度もシミュレーション済みだった。

 集合住宅の角を曲がれば建物はほとんどなく、田んぼの先に目的地が見える。ホッとした途端に激しい痛みに襲われてうずくまった。痛みと不安に押しつぶされそうになる。そのとき「大丈夫ですか、そこの病院ですね。僕につかまってください」と、声も出せずただうなずくだけの私を病院に送り届けてくれたのは、新聞配達の青年だった。

 母は事あるごとにこの話を私にした。お名前さえ聞けなかったことが心残りだったに違いない。その母も他界して18年がたつが、今もこのエピソードを忘れることはない。

 私は見ず知らずの新聞配達のお兄さんに助けられて産まれた。もはやお礼を言うことはかなわないが、どうか幸多かれと願わずにはいられない。

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