器の縁にしがみつく奴さん

奴さんの器を長年大事にしてきた福島雅子さん(右)と父親の馬渡義雄さん

玄関に飾られた真っ白な花瓶が来客を迎える

■一目ぼれの鉢 父が喜び愛着増す 

 最初は「こんな高いものを買って」と父に叱られると思っていた。初めての有田陶器市で見つけた鉢に一目ぼれし、勇気を振り絞って買ったものの、焼き物を見る目に自信はなかった。父は意外にも「これはいい」と喜んでくれ、以来30年、現役で活躍している。

 25歳の独身のころ、初めて陶器市を訪れた。焼き物にあまり興味はなく、職場の先輩や同僚についていった感じだったけれど、教わった通りに値切りながら店を見て回るのはとても楽しかった。会場の端から端まで歩く途中に見つけたのがこの鉢。価格は値切って5000円くらいだった。3万円持っていったけれど、たくさん買って、残りは帰りの電車賃だけになっちゃった。

 温かみのある絵がすぐ目に留まった。白地に青で愛きょうのある「奴(やっこ)さん」が描かれ、縁にちょこんと乗っている人形もかわいいでしょう。両親と妹との4人家族にちょうどいい大きさで、重すぎず、手になじんだ。結婚後も、夫と子ども2人と実家で暮らし、鉢を使い続けた。夏はそうめん、冬はグラタン、正月は煮物と、季節ごとに必ず登場する。

 その後、何度か足を運んだ陶器市では、パッと見て胸が躍ることはなかった。「これはいいな」という初対面の感覚はやはり大事ね。

 父は海外航路の船員だった。帰ってくるのは年に2回。料理はほとんど母任せだったけれど、父が家にいる1カ月の間はできるだけ台所に立った。この鉢を使って料理を出すのは私だけ。父は毎回、「俺はこれが好いとるもんね」と喜んでくれた。

 第一印象が決め手だったけれど、父が気に入ってくれたことで鉢の存在がさらに大きくなった。家族が喜んでくれれば使う回数も増え、器への愛着が増す。器を通じ、なかなか会えなかった父と「好みが似ている」と感じることができ、うれしかったことも影響しているのかな。

 最近は、どんな料理を盛り付けるかを考えてから焼き物を買うようになった。「飾ってよし、盛り付けてもよし」が理想。色が多すぎると料理が負けることもある。普段使いの器を探すのは逆に難しく、実はぜいたくなのかもしれない。

 今は岐阜の織部焼に夢中。取り寄せた栗きんとんのパンフレットに載っていた器に一目ぼれした。いつか現地に行って、いいものを手に入れたい。織部焼に料理を盛ったら父は喜んでくれるかなあ、と想像しながら器探しを楽しんでいる。

■余録 飾り続けた花瓶

 福島雅子さんが最初に訪れた有田陶器市で購入し、今でも大切に使っているもう一つの焼き物が花瓶。子どもたちが倒して縁が欠け、キャラクターのシールの跡も残ったが、玄関など目立つ場所に飾り続けている。

 どの窯元かは忘れたが、作家とのやりとりは鮮明に覚えている。他の店と同じように値引き交渉をしようとしたところ、「一生懸命作ったんだから、安く売るようなもんじゃない」と怒られたという。

 結局、定価よりは安くしてもらえた。それでも、作家の情熱を垣間見た作品。箱に入れて保管するのではなく、使うことで大切にしてきた。「いいなあ、と思いを込めて使うことが、あの時の恩返しになると思って」。焼き物の本当の価値は、使う人の思いで決まるのかもしれない。

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