牛原から見た勝尾城(高圧電線の奥。手前は若山砦)

 筑紫氏の居城・勝尾(かつのお)城は、多くが牛原(うしわら)字若林、一部が河内町城の本に所在しています。

 鳥栖市民は「城山(じょうやま)」と呼んで親しみ、海抜500メートルほどの山であるため気楽な山登りや、高校などの登山訓練に格好の山として知られていました。30年ほど前からは、文化財として調査の手が入り、多くの事柄が分かりつつあります。

 城山の北の背後は九千部山から石谷山にかけての尾根線に包まれています。東西の側面は安良(やすろ)川と四阿屋(あずまや)川のつくった谷に挟まれ、南の前面は鬼ケ城・高取城と、その山麓の葛籠(つづら)城や若山砦をのせた小さな峰に取り囲まれています。まさに「天然の要害」の地にあります。

 それらに守られるように、城山の麓には筑紫氏の居館跡「お館」があります。ここは現在、筑紫神社と呼ばれています。

(鳥栖郷土研究会会長・藤瀬禎博)

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