「今後も手仕事にこだわり続けたい」という髙森誠司さん。夫婦2人による少数生産のため、注文を受けてオーダーに応じることも多い=有田町

2人で協議しながら作品を作り上げるという髙森さん夫婦

■夫婦で手仕事、妥協せず追究

 親子や兄弟で伊万里・有田焼の伝統工芸士という人たちはいるが、夫婦そろっての認定は高森誠司さん(ろくろ部門)と智美さん(下絵付け、上絵付けの両部門)だけだ。結婚して25年、二人三脚で現代にも通用する古伊万里の趣を追究する。しっとりとした磁肌に独特の柔らかな色合いの染付や赤絵を施した器は目利きをうならせる。

 北九州市出身で焼き物を学ぶため有田工高に進んだ誠司さん。智美さんは2年後輩だった。卒業後、修行や窯元勤務を経て2003年に「高森誠司陶房」を構え、独立した。

 徹底した手仕事を追い求めている。分業制が定着した有田では工程の一部を外注したり、素材を業者から買い入れることが多いが、陶房は夫婦の作業で完結し、呉須(ごす)や釉薬も自然原料を独自に調合したものを使う。「どれだけ自分の個性が表現できるかを追究している。市販の釉薬や呉須では、それは難しい」。自分たちの求める色合いを出すため、何年もかかって完成させた。

 もちろん型成形や印刷などの技術を用いることはない。高森さんのコーヒーカップは取っ手部分がわずかに斜めになることがある。手仕事のために生じる現象だ。右回転のろくろで引いた土は左方向に螺旋(らせん)回転の力がかかる。柔らかい間に取っ手を付けて焼くと、土の「記憶現象」で元に戻ろうとするため、真っすぐだった取っ手部分が傾く。

 「型で作って接着すれば簡単だけど、それではまさに取って付けたよう仕上がる。買ってもらうお客さんにも説明し納得いただいている」(誠司さん)

 作業工程は成形は誠司さん、絵付けは智美さんが担当するが、自分の仕事の範囲で終わりではなく、最初から最後まで互いに提案し合い、意見がぶつかり合うことも珍しくない。智美さんは「どうしてこんなに描きにくい形にしたのかと思うこともあります」とほほ笑む。

 誠司さんは日本伝統工芸展など公募展に青白磁の鉢などを出し続け、個展も積極的に開く。仕事場には看板がないが、たまにわざわざ調べて訪ねてくる愛陶家がいて、「目の肥えた方に理解してもらえるのが一番ありがたい」。妥協せず手仕事を貫く原動力につながる。

 たかもり・せいじ 1962年、北九州市生まれ。有田工高を卒業後、唐津と京都の窯元で修行。有田走波窯を経て、2003年に陶房を構える。1997年度に伝統工芸士(ろくろ)認定。日本伝統工芸展には96年に初入選。入選4度目の2001年に日本工芸会正会員に認定。

 たかもり・ともみ 1964年、有田町生まれ。有田工高を卒業後、町内の窯元でデザインを手掛けた。伝統工芸士は96年度に下絵付け、2012年度に上絵付けで認定を受けた。

 高森誠司陶房は有田町北ノ川内丙605-18、電話0955(41)2035

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