<木下恵介生誕100年>「新・喜びも悲しみも幾歳月」価格:2800円+税発売・販売元:松竹(c)1986松竹/東京放送/博報堂

映画のラストシーンの舞台となった高浜海水浴場。今も昔も変わらず美しい光景が広がる=五島市三井楽町

聖フランシスコ病院でのロケの一こま=1986年、長崎市小峰町(大曲さん提供)

■戦後を歩んだ家族のドラマ

 五島市福江島の観光名所、三井楽町の高浜海水浴場。にぎわった夏の行楽シーズンは過ぎ、穏やかな波音だけが浜辺に響く。「日本の快水浴場百選」などに選定された風光明媚な景観は、スクリーンに30年前映し出されたそれと変わりない。

 昭和後期の灯台守の家族を描いた1986年公開の映画「新・喜びも悲しみも幾歳月」。松竹大谷図書館(東京)によると、撮影は公開の約1カ月前まで続いた。57年公開の前作「喜びも悲しみも幾歳月」のリメーク版。前作は五島の女島灯台が舞台の一つで、福江島でも大掛かりな撮影があり、住民に広く知られた。一方、本作は県内では長崎市でのロケが中心で、五島のシーンはわずか3分程度。だが強い印象を残す。

 各地の灯台を転々とする藤田芳明(加藤剛)と支える妻(大原麗子)の夫婦愛が物語の中心。芳明の父、邦夫(植木等)は「おじいちゃん」と呼ばれ、存在感にあふれる。「味のある、とぼけた演技が光った」と五島文化協会の筑田俊夫会長(70)。

 芳明が転勤するたび、その土地土地を実家から訪ねてくる観光好きの邦夫。「きょうという日は二度と戻ってこない。その日その日を大事にしないと。その積み重ねが人の一生」と、持参のカメラで記念撮影を求める場面が繰り返し出てくる。やがて芳明の家族と同居。終盤、北海道から五島へ転居することになり、亡くなる前、面倒をかけた家族への申し訳なさなどを漏らす。そして「きれいさっぱり後には何も残さず消えていきたい」と願い、高校生の孫に大量のアルバムを捨ててと伝える。

 その孫が物思いにふける地として登場するのが高浜海水浴場。祖父の言葉がよみがえる。「人の世の喜びも悲しみもしみじみと分かる人間になっておくれ」。孫は浜辺のたき火でアルバムの写真を燃やそうとするが、思いとどまる。

 戦前戦後の激動期が描かれた前作と違い、本作は高度経済成長末期から始まる。戦争を語る場面はあまりないが、家族で広島をドライブ中、邦夫が原爆ドーム前で「1分間だけ」と言って黙とうし、芳明の妻は、航海士になった息子が乗った船を見送りながら「戦争に行く船じゃなくてよかった」とつぶやく。

 大量消費と核家族化が進展し、人間関係の希薄さも問題視される中、人々はまだ戦争の記憶をかすかに引きずりながら歩んでいた。苦難を生き抜いてきたであろう邦夫のユーモアも交えたせりふの数々は、喜びも悲しみものみ込んできた戦前世代の生きざまを表している。木下恵介監督は、戦後を力強く歩み続ける人間の姿と、家族、知人同士の濃密だったつながりを丁寧に描きながら、時代性を浮かび上がらせた。

 映画公開から30年、「無縁社会」ともいわれる現在、価値観も人とのつながりも大きく変化した。さて今を生きる私たちの未来は-。そんなことを考えながら浜辺を後にした。

■「新・喜びも悲しみも幾年月」ストーリー

 1973(昭和48)年春、京都から静岡への引っ越しを控えた灯台守の主人公・藤田芳明と妻、娘、息子2人の5人家族の元に突然、芳明の父、邦夫がやってくる。自由奔放な邦夫に周りは振り回されるが、おかげで新たな縁も増えていく。

 妻は特殊な労働の灯台守を支える苦労について頻繁にぼやくが、その変わらぬ夫婦愛に子どもたちも影響を受け、娘は海上保安庁の飛行士と結婚。長男も海上保安大学校航海科に入る。

 約13年間の家族を描いた物語。出演はほかに中井貴一、紺野美沙子、田中健ら。カラー、130分。

■MEMORY 医師役で急きょ出演

 物語中、植木等が演じる邦夫は、病で長崎市小峰町の「聖フランシスコ病院」に運び込まれる。現病院長でロケ当時外科部長だった大曲武征さん(73)=写真右=は、医師役で出演。木下恵介監督に「普段患者さんと接する時と同じように」と言われ、救急車からストレッチャーに乗せられた植木に「大丈夫ですか」と声を掛けた。

 当日は「本当の手術」も控えており、ちょっと見学だけと思っていたが、木下監督の友人だった医長から急きょ出演を依頼された。「ほんのワンカットのために大勢のスタッフで手間暇掛けていた」と懐かしむ。

 撮影後、サービス精神を発揮したのは主人公の加藤剛=写真左=。詰め掛けた大勢の看護師や職員たちが求める記念撮影を快諾。大曲さんはこの写真を大切に保管している。

 「大原麗子さんも大変美しい方だった」と、亡き名女優にも思いをはせる大曲さん。「家族愛や夫婦愛を見事に表現し、優しさに包まれた映画」と評している。

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