■密貿易品を取り締まり

 鳥栖市轟木町の旧長崎街道「轟木宿」は鍋島領東端の宿場町である。

 町外れの轟木川を渡ればそこはもう対馬藩田代領で、鍋島領の川岸には国境を守る「番所」があった。

 1641(寛永18)年、幕府は平戸の「オランダ商館」を長崎に移して西洋貿易の窓口を長崎に制限、鍋島藩と黒田藩に1年交替の長崎警備を命じた。

 鍋島藩は外国貿易の禁制品、すなわち密貿易品を取り締まるため、轟木に番所を設け、旅人の荷物をあらためた。若き日、平戸・長崎を旅した吉田松陰(寅次郎)は轟木番所で所持品をあらためられたことを驚きを持って旅日記に記している。

 江戸時代、幕府が主要街道に設けた「関所」以外で、旅人や荷物をあらためた番所は全国で鍋島領以外にはない。16日は「とす長崎街道まつり」。轟木宿と番所跡ば見に来んね。

絵・水田哲夫(鳥栖市本町) 文・高尾平良(鳥栖市本町)

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