荒巻恒人さん(右)の父親・常秋さん(中央手前)が亡くなる半年前、還暦祝いで撮影した記念写真(提供)

父親の荒巻常秋さんとの思い出を語る恒人さん=杵島郡江北町の自宅

荒巻恒人さんの亡き父・常秋さんが、釣ったアジをさばいて盛り付けた思い出の皿

■刺し身を盛る青皿 釣り好きだった父、愛用

 父は「釣りキチ」で、よく唐津や伊万里の防波堤へ釣りに行っては、自分でさばく人でした。カワハギなんかは薄造りにして、皿の真ん中に肝まで添えて…。凝っていましたよ。それで盛る時に必ず使うのが、この青い磁器の皿。涼しげな青が新鮮さを引き立たせる感じがしますね。父もそう思って愛用していたのかな。

 父は建設業でした。疲れて帰ってきて次の日が仕事だったとしても、週に1回は夜釣りに繰り出していました。お気に入りの釣り場は唐津の名護屋港で、江北の自宅からは車で1時間。3、4時間釣って、帰ってくるのは未明の2、3時です。季節は問わず、2夜連続なんてこともありましたよ。働く身になって分かったことですけど、すごいですよね。

 週末とか、次の日に学校が休みの夜はよく誘ってくれて、僕もついて行きました。物心ついたころから共働きで、家族で出かける機会はほとんどありませんでした。釣りには母が付き添い、両親と出かけられる楽しみがありました。年の離れた兄や姉はさすがに一緒じゃなかったですが。

 アジを20~30匹、アジゴなら100匹近く釣ることもありました。帰ったら、夜中にもかかわらず下処理をして、良型の魚はすぐに刺し身にしました。立派な大鉢でもないし、ツマや大葉なんて気の利いた物もないけれど、この皿に盛られた刺身はいつもおいしそうでした。3人で皿を囲むと、父は「ほんの何時間か前は海の中で泳ぎよったけん、どんな刺し身よりうまい」って自慢げに言うんです。そのくせ、何切れかつまんだらもう眠気に襲われて、ほとんど僕が食べていましたね。いま思えば、おいしい刺し身を僕に味わわせたい気持ちもあったんでしょうね。

 でも、高校生になると釣りに付き合うことも減り、兄の結婚後は、おいにその役が移りました。父の体にがんが見つかったのは2006年ごろ。姉が嫁ぐ姿まで見届けて翌07年、60歳で逝きました。

 ここ何年かで陶器市に通うようになって、盛り付ける料理を想像しながら、それにマッチする器を買ってくる楽しさを知りました。

 でも、刺し身用の皿はまだ新調する気にはならないんです。最近は忙しくて、スーパーなんかで刺し身用の魚を買ってくるけれど、この皿にはやっぱり釣ってきた魚を盛りたい。これからアジが特においしくなる季節だし、時間を見つけて夜釣りに行けたらいいな。

=余録= 増える器の出番

 荒巻恒人さんの自宅には小ぶりな食器棚があり、一人暮らしとは思えないほど、所狭しと器が積まれている。おいが遊びに来たり同僚が集まったりする機会に、こうした器で得意料理を振る舞ってきたという。

 そんなときに出すカレーやおでんは、父親の常秋さんの直伝。だし一つにしても鶏がらから取ったり、いりこや昆布は水に2時間浸してから沸かしたり。「こうした作り方をそもそも父がどうやって覚えたのか分からない」(恒人さん)が、専門店のような念の入れようが「荒巻家の味」だ。

 最近は、地域の三夜待や消防団の集まりで、おでんを頼まれる機会が増えてきた。食器棚の器もさらに、出番が回ってきている。

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